68 クリスマスイブ
「朝だよ、ナナくん」
「おはよう……。花美」
クリスマスイブ、いつもと同じ朝が始まった。
そしてクリスマスのプレゼント……。誕生日プレゼントで腕輪をあげたから、他の良いものを考えないといけないのに、正直何にすればいいのか分からない俺だった。
そのままクリスマスイブが来た。
やっぱり、アクセサリーの方がいいと思う。それしか思い出せない。
「あれ、お姉ちゃん今日もいないね」
「またか? 朝からどこに行ったんだろう、最近全然見えないようになったけど」
「そうだね。あっ、そうだ! ナナくん」
「うん?」
「お姉ちゃんがよくおもちゃくんって呼んでるけど、それどういう意味なの?」
「ああ……、おもちゃくんか。それ、俺も美波さんがあの話をしてくれる前まで分からなかったけど、なんか懐かしいな」
一緒に朝ご飯を食べながら昔のことを思い出す。
……
多分、俺も美波さんもあの家に不満を持っていた時のことだと思う。
あの頃の俺はいつも健さんに怒られていたから、毎日がつまらなくて苦しかった。
でも、それは美波さんも一緒だった気がする。たまに何を考えているのかよく分からない顔をして、俺の隣に座っていたから。そして俺は美波さんが家の中で浮いていることに気づいた。
なぜだろう。美波さんは瑠璃川家の人なのに、なぜか俺と同じ顔をしていた。
あの時の俺たちは多分誰にも相談できないことを話していたと思う。
とはいえ、美波さんは詳しいところまで話してくれなかった。俺の話はちゃんと聞いてくれたけど、自分の話はちゃんと話してくれない。いつも曖昧な感じで話していたからさ。
俺が覚えている美波さんは……、いつも健さんの隣でいろいろ手伝ってあげる感じだった。そう……。俺が殴られる時、美波さんはいつも健さんの隣にいた。俺は健さんの話に逆らえないから……。そして何を言われるのか分からないから、ずっと怯えていた。
その視線を感じていた。
「大丈夫?」
「あっ、瑠璃川さん……」
そしてある日、美波さんが俺に声をかけた。
「殴られたところは大丈夫?」
「大丈夫です。め、珍しいですね。瑠璃川さんが声をかけるなんて」
「ダメなの?」
「いいえ……」
「痛かったよね? 私もこんなこと……、やりたくないよ。でもね、なんか認められたいっていうか」
「…………」
どういう話なのか分からないけど……、あの時の美波さんは少し悲しい表情をしていた。子供の俺にはよく分からないそんな事情があったみたいだ。なんか悩みでもありそうに見えたけど、俺には話してくれなかったから、たまに花美が眠った後、庭園でこっそり話をした。
それが初めてだった気がする。
そしてある日の夜、美波さんが待っている庭園に行く時、ベンチで泣いている彼女に気づいた。でも、俺にできることは何もなかったから泣き止むまでじっとするしかない。あの怖い美波さんに何があったのか分からないけど、前に見たあの顔を思い出して、いろいろあったと推測した。
確かにあの人の隣にいるといくら家族だとしてもストレスを受けたはずだから。
あの時の俺はそう思っていた。
「遅くなってすみません。瑠璃川さんが離してくれなかったので……」
「いいよ、気にしなくも。そんなことよりうちの家族全員瑠璃川さんって呼んでるよね?」
「そうですけど」
「私は美波でいいよ」
「ダメです。怒られます」
「私がいいって言ったのに、嫌って言うの?」
「す、すみません。じゃあ、美波さんで」
「うん! そして私はおもちゃくんって呼びたい」
「どうしてですか?」
「最近、私たち仲良くなったじゃん。お風呂も一緒に入ったし、傷口も舐めてくれたし、相談も乗ってあげたし。いろいろたくさんやったから、なんかおもちゃみたいで面白い!」
「…………」
そして俺の話をよく聞いてくれたから、俺はその代わりに「私の友達になってよ」と話してくれた美波さんとの約束を守ろうとしていた。とはいえ、それは友達じゃなくてただのおもちゃ。みんなが寝ている時にこっそり起こしたり、勉強をしている時にこっそり呼び出したりして、美波さんがずっとやりたかったことをやっていた。
その話通り俺はおもちゃだった。
どうせ、俺には選択肢がなかったから言われた通りにするしかない。
ほとんどは美波さんの話し相手だったけど、問題は場所だった。
洗面所の前で目を隠し、服を脱がしたのはいまだに忘れられない……。そんな風に弄ばられたけど、俺は文句を言えなかった。ここから出られないし、俺の話を聞いてくれる人も美波さんだけだったから。
「それは美波さんが……」
「うん?」
「いいえ、なんでもないです」
「おもちゃくん! 私ね、自由になりたい……!」
「誰よりも自由に生きてるように見えますけど、自由になりたいって……どういうことですか?」
「私、ここ嫌いだから」
「…………」
ここが嫌い、なんでここにいてもいい人がそんなことを言うのか分からなかったけど、そこにはきっと理由があるはずだと俺はそう思っていた。そして深く考えるのはやめることにした。
俺は所有物だったから。
でも、たまに悲しそうな表情をするから少し気になる。
「また今みたいに話をしましょう」
「いいね、おもちゃくん面白いから」
「そうですか」
受け入れることにした。
そして花美の知らないところでお互いを慰め合う。
そこで小さい俺たちの世界を作っていた。
今はなぜそんな顔をしていたのか分かる。
きっとつらかったはずだよな。
……
「美波さんの話は聞いたよね?」
「ああ、うん……。聞いたよ」
「あの時は知らなかったけど、多分……美波さんもいろいろ大変だったと思う。きっとその現実から逃げたかったかもしれない。そのためにめっちゃからかわれたような気がする」
「そうなんだ」
「花美も知ってると思うけど、あの時の美波さんは悲しそうに見えたからさ」
「うん、お姉ちゃんもいろいろ大変だったと思う」
「だから、美波さんも笑ってほしかった。俺をからかう時は楽しそうに見えたから」
「うん……」
朝ご飯を食べた俺たちは学校に行く準備をする。
そして明日は冬休みだから、一緒に水族館に行くことにした。
「おもちゃくん!」
「花美はその呼び方禁止」
「えっ! なんでだよ! おもちゃくん!」
さりげなく花美の頬をつねった。
「痛い〜」
「まったく……。そうだ、花美は欲しいものある? クリスマスだから」
「欲しいものならナナくんのち———」
やばい単語が出てきそうですぐ花美の口を塞いだ。
一応「ち」まで聞いたけど……、その後に何が出てくるのか言わなくても分かりそうだ。
「ストップ!」
「はーい」
「てか、花美って昔はこんな女の子じゃなかったような気がするけど、勘違いかな?」
「えっ そうなの? 私、幼い頃にもよくナナくんの体をさわっ———」
もう一度その口を塞いだ。
なんでそんなことばかり話すんだろう。
「ストップ! ストップ!」
「へへっ♡」
これもあの美波さんに学んだことなのか?
「そうだ。私! マフラーが欲しい!」
「マフラー?」
「うん! ナナくんと同じマフラー!」
「そっか、マフラーが欲しかったんだ」
「へへっ♡ そして! クリスマスの当日はホテル予約しておいたから、そこで寝よう!」
「いや、そこまでしなくても」
「だって! 初めてナナくんと過ごすクリスマスだから、ホテルで過ごしたい!」
「そうか……、分かった」
「きっと楽しいはずだよ!」
「はいはい。早く制服に着替えて」
「はーい!」
今年のクリスマスは花美と一緒か、毎年一人で窓の外を眺めるだけだったからちょっと不思議。そしてドキドキする。
「ふっ」
思わず笑いが出てしまう。
今年は一緒に水族館に行って、二人っきりのホテルで楽しい思い出を作るんだ。
待って……、ホテルで楽しい思い出?
まさか……。いや、変なことは考えないように……。
「行こう! ナナくん!」
「うん……」
「どうしたの? ナナくん。顔真っ赤になってる!」
「いや、なんでもない」
「そう?」
「行こう!」
変なことは考えないように……。
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