◆その休み時間

 休み時間。


 日直の進藤さんは、前の授業で残っていた黒板の文字を消している。


 進藤 鈴音。


 2-A組。出席番号17番。


 SFキャラ。


 サイエンス・フィクションじゃない、少し不思議ちゃんな女の子。


 きっかけは1年の時。


 現代国語の授業中、教科書の朗読で当てられた彼女は、その途中で泣いてしまった。


 何でも登場人物に感情移入しすぎてしまったから、らしい。


 別にそこまで感動する話ではないのに、だ。


 もしかしたら泣いてしまった本当の理由を誤魔化すための言い訳なのかもしれない。


 とにかく、多感であり達観している年頃の僕達の間で、彼女はそういうキャラとして認知された。


 他にも細かいエピソードはあるけど割愛。


 それ以外の印象として。


 まずは容姿。


 一言と言えば印象に残らない。


 かと言って地味ではない。


 記憶に残らない整った顔立ち、と言うのがしっくりくる。


 身長は同年代の女子と比べて少し小さく細く低め。


 凹凸もはっきりとわからない。


 運動も可もなく不可もなく。


 グループとしては大人しめに属している。


 次に目を、というより耳を引くのは声。


 小さいけれど、意識をすれば雑音の中でも聞き取れる独特な声質。


 姿勢や背筋が綺麗なのも関係しているかもしれない。


 姿勢と言えば、動作の一つ一つがどことなく『丁寧』な印象を受ける。


 それは文字の書き方だったり、笑い方だったり。


 ホウキの掃き方だったり、ドアの開け閉めだったり。


 それらをまとめると。


 目立たないため、逆に目立つ、矛盾した存在。


「いつも記憶に残らないあの子」


 と言われてすぐ思いつくような。


 僕とは違う、そんな女の子。


 以上、説明終わり。


「…………はぁ……」


 橋口達の期待を裏切るわけにはいかない。


 休み時間で周りもざわついてるし、僕達を気にする人もいないだろう。


 席を立って黒板へと向かう。


「手伝うよ」


 黒板消しを手に取り進藤さんへ話しかけた。


「藤森さん。ありがとうございます」


 作業を中止して、ぺこりと一礼。


「いいよ。気にしないで」


「昨日の返事、ちゃんと聞きたかったし」


「?」


 首を軽く曲げながら、こちらを見る進藤さんの目と表情と頭の上には疑問符があった。


「えっと、昨日の、ほら」


「?」


 首を逆に曲げ、疑問符が続く。


 本当にわかってないのか?


 SFな進藤さんならありえるかもしれない。


「……はぁ」


 この時間に話しかけた自分を恨みつつ、仕方ないので説明する。


 声のトーンを少し下げ、半歩だけ近づき。


「昨日、進藤さんに告白したよね、僕」

「で『シャチが好き』って振られたんだけど」

「それってどういう意味なのかなと思って」


「そのお話ですか」

「私は交際をお断りしたつもりはありませんよ」


「?」


 今度は僕は疑問符を出す。


「でも『シャチが好き』だからごめんなさいって」


「なるほど。そういう事ですか」

「申し訳ありません、私の説明不足でした」

「確かに私はシャチが好きですが」

「さすがにお付き合いしたいとは思ってません」

「交際するとしたら人です」


「そりゃあそうだよね」


「なので、お付き合いするとしたら『シャチみたいな人』になります」


「う、うん」


 その時点でよくわからない、という言葉は出さないでおく。


「それで、藤森さんから交際のお話をされたわけですが」

「……申し訳ありませんが、シャチみたいな人とは見えず」

「なので『ごめんなさい』と答えさせていただきました」


「だから、それが振ったって事じゃないの?」


 何だろう。からかわてるんだろうか。


 少しだけ頭が熱くなる。


「違いますよ」


 僕の様子とは関係なく、きっぱりと返された。


「例えば藤森さんは嫌悪感がない、

 むしろ好意を持ってる方から告白された時、

 すぐお付き合いされますか?」


「まぁ、それは……」


 あんまり想像できないけど。


「多分、付き合わないと思う」


「私が言いたいのはそれです」

「シャチみたいな人から告白されて」

「初めて交際する、しないかを考えるんです」


 言われた事を考える。その意味は……。


「つまり、僕の告白は断る、断らない以前の話って事?」


「はい!」


 黒板を消す手を止める、止まる。


 進藤さんが少し不思議とか、天然とか関係ない。


 もしくは相手が僕だからこんな言動なのか。


 馬鹿にされてるとしか思えなかった。


 勢いのまま口に出す。


「じゃあさ、進藤さんが言う『シャチみたいな人』ってどんな人なの」

「肌が黒と白になってるの」「エラ呼吸するの?」

「水族館でイルカみたいにショーをするの?」「魚が好物なの?」

「それから……えっと……」


「他には?」


「他にって……」


「シャチの事、藤森さんは他に何を知ってますか?」


「……知らないよ」

「むしろこれ以上、何を言ったらいいわけ?」

「個体数とか分布地とか答えればいいのかな」


「そうですか」

「ではこれから私がお教えします」

「シャチの魅力をじっくりたっぷりと」


「え? は?」


「まずは一つ、大事な事を」

「シャチは魚ではなく哺乳類」

「私達と同じなので肺呼吸ですよ」


 それでは、と進藤さんは自分の席へと戻っていく。


 黒板を見ると、いつの間にか綺麗になっていた。


「はぁ……」


 どうしてこんな事に。


 ……いや、考えるとチャンスなの、か?


 そう思いながら、僕も席に戻った。

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