第4話 冷遇、閉ざされた御門

 翌日、武田信玄は将軍足利義昭への謁見に臨んだ。本陣とした宿からは、厳重な警護のもと、堂々とした行列で二条城へと向かった。都の人々は、甲斐の虎と恐れられる信玄を一目見ようと沿道に群がった。信玄は、その視線を一身に浴びながら、威厳を保ちながら進んだ。


 二条城の大広間。荘厳な雰囲気に包まれたその場所で、信玄は将軍義昭と対面した。しかし、信玄が予想していた歓迎の言葉は、待てど暮らせど聞かれなかった。


「遠路ご苦労であった」


 義昭は、形式的な言葉だけを冷たく言い放った。その表情はあからさまに迷惑そうで、信玄を見ようともしない。信玄は、その冷遇ぶりに愕然とした。遠路遥々、甲斐から都までやってきたというのに、労いの言葉はそれだけだった。


(…これは一体…)


 信玄は、内心で動揺を隠せなかった。しかし、そこは歴戦の武将。表情には一切出さず、平静を装った。


 将軍との謁見は、あっという間に終わった。期待していた言葉は何一つ聞けず、信玄は落胆の色を隠せないまま、二条城を後にした。


 信玄の目的は、将軍への謁見だけではなかった。彼は、天皇への謁見も強く望んでいた。錦の御旗を賜り、自らの大義名分を天下に示す。それが、信玄の真の狙いだった。


 しかし、天皇への謁見は、将軍以上に冷たい仕打ちを受けることとなった。宮中の門前までたどり着いた信玄だったが、門番に冷たく言い放たれた。


「陛下は今は体調がすぐれず、お会いになられません」


 信玄は、食い下がろうとしたが、門番はさらに厳しい口調で続けた。


「代わりに菓子を下賜されました。どうぞこれを持って、お引き取りください」


 差し出されたのは、小さな饅頭が一つだけだった。信玄は、その饅頭を手に、言葉を失った。遠い甲斐から、天下に示すためにやってきたというのに、饅頭一つで門前払いとは。


(…これで引き返すことになるのか…何のために来たのだ…天下に威を示そうと思ったのに…これほどまでに冷たくあしらわれるとは…)


 信玄は、深い嘆息をついた。期待が大きかっただけに、落胆も大きかった。


 しかし、信玄は気づいていなかった。この冷遇の裏には、徳川家康の巧妙な策略が張り巡らされていたことを。家康は、朝廷と幕府に対し、「武田信玄に味方すれば大変なことになる」と脅しをかけていたのだ。信玄の勢力を恐れた家康は、あらゆる手段を使って信玄の権威を失墜させようとしていた。


 将軍も天皇も、家康の言葉に恐れをなし、信玄を冷遇したのだ。信玄は、そのことを知る由もなかった。彼は、ただただ、予想外の冷遇に戸惑い、落胆するしかなかった。都の空は、信玄の心を映すかのように、重く垂れ込めていた。


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