第2話
「おーい、ちっさいの。生きてる?」
…うるさいな…
アスファルトの小石を首元にちくちく感じる。
「せっかく動けそうなやつ見つけたんだからさ、死なれてちゃ困るんだよなー」
………???
なんだなんだ、私はいつお前に殺された!
ていうかなんだよ、ちっさいのって!ちっさくないわ!
あれ、私、ポエミーな気分で飛び降りたんじゃなかったっけ。
心臓がとくんと音を立てた気がした。
同時に身体を温かさが駆け巡る。
身体はまだ宙に浮いてるみたいにふわふわしている。だけどそんな私にお構いなく、私の意識は私が五体満足であること、そして当たり前に「生きている」ことを認識していた。
とにかく私は無事で誰かに発見されたらしい。
ん?誰に?
ズキズキと音を立てる頭を押さえ、とんでもない重量の瞼を気合でこじ開ける。
一瞬世界が白に包まれ、徐々にその形を表してゆく…のではなく冴えない顔をした男と目が合った。ややボサボサしたショートヘア。ツンツンと外に跳ねる毛先が無造作感を出している。
そのややつり目気味の大きな目に私の顔は覗き込まれている。
とんでもない至近距離で。
わお、どーしよ
「おっ、やっぱ生きてんじゃん!良かった良かった」
冴えない顔が冴えない言葉を発している。
年齢は…高校生か中学生のどちらかくらい?いづれにしても私と大きくは変わらないだろう、そんな見た目。
おぼろげな意識の中で、なにか喋らないと、という意識がまず第一に働いた。
…
「なにか喋らないとなぁ…」
そのまま言ってみた。どうやら私の脳は相当に混乱している。
「寝ぼけてんのかー?こんなとこで寝てるなんてどんなわんぱく少女だよ」
こいつ、冴えないうえにデリカシーも持ち合わせていないらしい。
「私、ついさっきまではなかなかのミステリアス・ガールだったんだぞ」
おっと、発言の奇天烈さは私もどっこいどっこいな様子。
「うーん、せっかく生きててもおつむがこれじゃどーにもならないな…親御さんは近くにいないのかな?」
すんごい馬鹿にされた。
あーもう失礼なやつだな!
でもおかげで目が覚めたよ!
両手を握りしめる。少数精鋭の腹筋を総動員させ、なんとか上体を起き上がらせた。
「うおっ」情けのない声
「いだっっぅ」自称ミステリアス・ガール?
ぼんやりとした頭に加わった強烈な物理的衝撃。ぎゃーぎゃー喚いてる冴えないやつを横目に、ぎゃーぎゃーと痛みに悶える元ミステリアス・ガールがそこにはいた。
「えーと…まずなにから話そうか?」
額に痛みも撤退を考え始めた頃、冴えない君(仮称)が口を開いた。
「なにからって言われても…」
額への強烈な一撃のおかげか(とてもそうとは思いたくないけれど)、意識は徐々にはっきりしてきている。しかし、それと同時に脳内は、数多の「わからない」で混迷の様相を呈していた。
これはあれだ、いわゆる「聞きたいことがわからない」ってやつ。
「そうか…じゃあとりあえず自己紹介でもするか…?」
「うん、お願い」
冴えない君はあーとか、んーとか言ったのち、ひと呼吸おいて語り始めた。
「俺の名前はルイ。っていっても覚えてるのは音だけで、どういう漢字だったかとかは忘れちゃってるんだよな…年齢は…たぶん17くらいだったかな。ある日目が覚めたらなんか世界がこんなことになってて…」
そこで私の脳は、ようやくこの世界の認知を始めたのだ。
道路を横断しているハトが宙に浮いたまま微動だにせず、その羽根一枚一枚が細部まで鮮明に見える。そこに差し込むヘッドライトの光は、まるで空中で凍りついたかのようにその場で止まっている。光の粒子が漂いながらも一切動かず、空間全体が薄いガラスで覆われているようだ。車も、風も、人も、時間に縛られたすべてのものがピタリと止まっている。まるで一枚の完璧な静止画を見ているようだった。
耳を澄ませても、風の音も、人の声も、機械の音も聞こえない。まるで世界が音すら忘れてしまったようだ。とっさに腕時計を確認するが、針はピクリとも動かず、秒針のカチカチという音すら聞こえない。それなのに、自分の心臓の鼓動だけがやけに大きく、体の中で響いているのを感じた。
空気がなんだか重たい。
でも、
目の前の男、ルイと名乗ったこの男が動くたびに世界がほんの少しだけざわめいたような錯覚を覚えた。
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