第6話
転生してから22年。あの日、ゾーイが俺に託した言葉を胸に、俺は生き続けていた。それ以外に選択肢はなかった。ただ、生きるということが何を意味するのか、その答えはまだ見つからないままだった。
俺は傭兵として、数多くの戦場を渡り歩いていた。死を恐れない戦いぶりは、周囲から一目置かれるものとなり、誰もが知る存在になっていた。だが、その裏にあるものは空虚だった。ゾーイを失った喪失感、家族を奪われた孤独感、それらが俺を突き動かしていただけだった。
依頼を終えるたびに感謝される言葉。それでも、心のどこかで何かが欠けているのを感じていた。
ある日、宛もなく新たな街を目指して歩いていた時のことだった。乾いた風が吹き、砂煙が道を覆う中、微かに赤ん坊の泣き声が耳に届いた。
「……赤ん坊?」
足を止め、耳を澄ませる。確かに聞こえる。その小さな声に導かれるように、俺は声のする方へと歩みを進めた。
そこにあったのは、一台のボロボロになった馬車。盗賊か何かに襲われたのだろう。辺りには数人の大人の遺体が横たわり、乾いた血の臭いが漂っていた。
俺は躊躇いながら馬車の中を覗き込んだ。そして――。
「……!」
そこには双子の赤ん坊がいた。泣きじゃくるその姿は、刺された母親の胸に守られるように包まれていた。母親はすでに息を引き取っており、その冷たい手がまだ赤ん坊を守ろうとしているのが分かった。
俺はそっと赤ん坊たちを抱き上げた。その小さな体は暖かく、必死に生きようとする力が伝わってくる。
「……生きてる……。」
5年間、冷たく閉ざされていた心が、不意に崩れ落ちるような感覚だった。俺の目から止めどなく涙が溢れ出し、止まらなかった。
「大丈夫だ。お前たちは、俺が守る。」
泣き止んだ二人の顔を見ていると、ふいに微笑んでいるように見えた。その無垢な表情に、俺は心を奪われた。
街に戻った俺は、宿屋を見つけ、二人を休ませる部屋を確保した。まずは赤ん坊たちのために必要なものを買い揃える。衣服、ミルク、そして少しでも快適に過ごせるように柔らかい毛布。
夜になると、二人を寝かしつけた後、ぼんやりと窓の外を眺めながら考えた。
「名前がないとな……。」
静かに眠る二人を見つめながら、俺は思った。名前を付けることは、俺自身の中で新たな決意を示すことでもある気がした。
まず、女の子の方を見た。穏やかで、優しそうな顔立ちだ。
「お前は…エアリーだ。」
小さな手をそっと握ると、その指が俺の指にきゅっと絡みついた。
次に、男の子の方を見た。こちらはどちらかと言えば元気そうで、泣き声も力強い。
「お前は……テロスだ。」
こうして、二人の名前が決まった。
宿屋での生活は、これまでの孤独な日々とは全く違うものだった。夜泣きに対応し、ミルクを与え、オムツを替え。思うようにいかず、失敗して泣かれることも多かった。それでも、そんな生活が俺にとって新鮮で、どこか心地よかった。
ある日、エアリーが俺を見て笑った。その瞬間、胸の中に温かな何かが広がった。
「エアリー……お前、笑ったな。」
その笑顔を見た俺は思わず顔をほころばせた。
テロスも負けじと声を上げ、笑い始める。
「お前たち、本当に元気だな。」
その日、俺の中で何かが変わった。二人を守るという思いが、確かな実感を伴って俺の心に根付いたのだ。
日々は穏やかに流れていく。エアリーとテロスと共に過ごす毎日が、俺にとって新たな物語の始まりだった。
ゾーイが託してくれた言葉。その意味を、ようやく理解し始めた気がする。
「エアリー、テロス――俺が繋ぐよ。お前たちの未来を、俺が守る。」
二人の寝顔を見ながら、俺はそっと呟いた。
俺のアニモスには、また新たなページが刻まれていく――この二人と共に紡がれる未来の記録が。
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