第5話
転生してから17年、旅を始めて2年目。リカイオスと共に多くの戦場や試練を乗り越え、俺は確かに変わり始めていた。剣を振るうたび、体が自然と動き、技が磨かれていくのを感じる。もはや自分が「未熟な逃げるだけの子供」ではなくなったことを、誰よりも自覚していた。
「スピロ、これを見ろ。」
リカイオスが見せてきたのは、一枚の紙。そこに書かれた情報を指さしながら、彼は続けた。
「ここだ。ニキアス国の王城。この情報が確かなら、年を取らない種族が、この城に捕らわれている。」
その言葉を聞いた瞬間、言葉を失った。里が襲われてからずっと曖昧だった希望が、急に形を持ち始めたように感じた。
「本当に……?」
震える声で問いかける俺に、リカイオスは深く頷いた。
「分からん。だが、何年も年を取らない種族はお前しか知らん。」
彼の言葉に胸が締め付けられる。俺は拳を強く握りしめ、再び前を見据えた。ゾーイや仲間たちがそこにいるかもしれない――その可能性だけでも、心が揺れる。
ニキアス国が他種族を虐げ、悪行を繰り返しており、近隣国が手を組んで粛清に立ち上がったという情報が耳に届いた。その戦争に参加するため、俺たちは作戦本部を訪ねることにした。そこで救出部隊が編成されているという話を聞いたからだ。
作戦本部に到着し、救出部隊のリーダーに会ったとき、俺は目を見張った。そこにいたのは――ゾーイの祖母、クロロスだった。
「スピロ、久しぶりね。」
彼女はそう言って静かに微笑んだ。その姿は堂々としており、背筋の伸びたその立ち姿から目を離すことができなかった。その目には、燃えるような意志と、深い悲しみが入り交じっていた。
「クロロスさん……あなたが……。」
驚きに言葉が詰まる俺に、彼女は毅然とした声で続けた。
「時間がないわ。ゾーイを救い出すためには、あなたの力が必要なの。」
その言葉に俺は強く頷いた。胸の奥でゾーイの名前が響くような感覚がした。
「必ず、ゾーイを助けます。」
その言葉は、俺自身への誓いだった。
雨が降り続く中、夜明け前に作戦が開始された。作戦はこうだ。半数の部隊が正面から攻め込み、もう半数は海沿いの王城に直接攻め込む。その混乱の中、俺たちは捕らわれた者たちを救出する。命懸けで囚われた命を取り戻す役目を担っていた。
俺たちは静かに城内へと侵入する。湿った石の匂いが鼻を突き、遠くから聞こえる戦闘の音が緊張感をさらに煽る。
「ここからが本番だ。気を抜くな。」
リカイオスが低い声で言った。
「分かってるさ。」
俺は剣を握りしめながら答えた。これまでの訓練のすべてが、この瞬間のためにあったのだと思った。
城内は暗く、冷たい空気が肌を刺す。少人数に分かれた俺たちは、それぞれの任務を遂行していく。敵兵を排除しながら、捕らわれた者たちを探すが、未だにゾーイの姿は見当たらない。
「ここだ。」
リカイオスが壁の一部を押すと壁が開いた。隠し扉の向こうには隠し通路が続いている。
「これは王族用の逃げ道だろう。奴らが使った可能性が高い。」
彼は慎重に扉を開けた後、振り返って言った。
「俺の目的はこっちだ。スピロ、お前は別の場所を探せ。ゾーイを見つけるのが最優先だ。」
その言葉に迷いはなかった。俺は頷き、別の道を駆け上がった。
探し回ったがゾーイはいない。探していないところは長い階段を上った先の最上階しかない。全力で階段を駆け上る。最上階へと続く階段を上がるたび、雨音がさらに強く耳に響いてくる。冷たい石の感触が足元から伝わり、息を切らしながらも俺は進んだ。そして、ついに目の前に広がったのは――雨が降り注ぐバルコニーと、その先に立つゾーイの姿だった。
「ゾーイ!」
俺の叫び声が雨音にかき消されそうになる。
彼女がゆっくりと振り返る。その姿は記憶の中と変わらず美しかったが、その目には深い悲しみが宿っていた。
「スピロ……。」
彼女の口から漏れた俺の名前が、かすかに耳に届いた。
俺は駆け寄り、手を差し伸べた。
「助けに来たんだ。一緒に逃げよう!」
だが、彼女は静かに首を振り、雨の中で微笑んだ。
「もう遅いの……私のアニモスは……もう戻れない。」
その言葉が胸を切り裂く。
「そんなことない!」
俺は声を張り上げた。
「アニモスを塗りつぶせる!。無かったことにすればいい! そこに俺たちで新しい未来を書き繋げばいい!」
彼女の目は真っ直ぐ俺を見つめていた。
「スピロ……過去は消せないの。塗りつぶそうとしても、消したという事実は残る。それを受け入れて繋ぐのが――それが繋ぐ者だから。」
その言葉に、俺は言葉を失った。彼女の瞳には深い決意が宿り、その意思は揺るがないものだった。
「だから……私を、貴方の綺麗なままで書き繋がれる私を貴方のアニモスに――そして、エイオンで永遠に愛し合いましょう。」
その言葉は繋ぐ者にとって最大の告白だった。その声は震えていたが、彼女の目は涙をたたえながらも、どこまでも強く俺を見つめていた。
「もちろん、君を書き繋ごう。だから一緒に――」
俺が言い切る前に、彼女は一歩後ろへ下がった。そして――静かに微笑んだ。
「私の代わりに生きて、繋いで、約束よ。」
その言葉とともに、彼女は雨の中へと身を投げた。
「ゾーイ!!」
咄嗟に飛び出そうとした俺を、押さえつけた。クロロスだった。
「スピロ……彼女の選択を受け入れなさい……それが彼女の意志……」
俺は膝をつき、拳を握りしめた。涙が止まらない。それでも、雨上がりの空はどこまでも晴れ渡り、世界はその美しさで俺の悲しみを無情に包み込んだ。
こんなにも悲しいのに――世界は変わらず美しく残酷だった。
「約束だ……ゾーイ……俺が……繋ぐ……必ず……」
涙が滴り落ち、雨に交じって消えていく。彼女の最後と魂がアニモスに書き繋がれた。
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