第4話

転生してから16年、リカイオスと共に旅を始めて一年が経った。剣術、格闘術、サバイバルの知識――彼の教えはどれも実践的で命をつなぐ術ばかりだった。厳しい訓練の連続だったが、俺はそれを受け入れ、少しずつ前に進んでいた。


「おい、スピロ。立て。倒れてる暇はない。」


剣を握ったまま地面に転がる俺に向かって、リカイオスが冷たく言い放つ。


「分かってる……!」


歯を食いしばりながら、俺は再び立ち上がる。足は震え、全身が汗で濡れている。だが、負けるわけにはいかなかった。ゾーイを探し出し、守るためには、この程度の痛みや疲労を乗り越えなければならない。


「その意気だ。だが覚えとけ、気合だけで勝てる相手なんてそうはいない。腕を磨くんだ、死にたくなければな。」


リカイオスの言葉は辛辣だが、その奥には俺を鍛えようとする本気の思いが感じられた。

夜になると、焚き火を囲んでリカイオスと食事をするのが日課だった。その日も夕食を終えた頃、彼はいつになく遠い目をして火を見つめていた。


「なあ、リカイオス。お前はどうして旅をしてるんだ?」


俺が何気なく尋ねると、彼はしばらく黙ってから重い声で答えた。


「……俺には目的がある。ある男を殺すためだ。」

「殺すって……誰を?」

「ニキアス国の王だ。」


その名を聞いて、俺は眉をひそめる。彼の言葉の続きが気になって仕方がなかった。


「……理由を聞いてもいいか?」


リカイオスは焚き火に小枝をくべながら、静かに話し始めた。


「俺には家族がいた。妻と娘だ。だが、十年前、貴族派閥の有力貴族だった俺は派閥の見せしめとして、俺の血族を皆殺しにされた。罪もない人間たちがなぶり殺しにされたんだ。」


彼の拳が握り締められる。その手が震えているのは怒りか、それとも悲しみか。


「俺以外全員殺した後、あいつは俺にこう言った。『お前は生かしてやろう。みじめに生き続け、私にお前の絶望を味わさせ続けろ。』とな。」


彼の言葉には、深い怒りと屈辱が込められていた。

翌朝、リカイオスの訓練はいつもと変わらず厳しかった。しかし、その日は訓練の合間に彼がふと俺をじっと見つめてきた。


「お前、老化しなくなったな。」


リカイオスがぽつりと呟いた。


「どうした?」


俺は訝しげに眉をひそめる。


「いや……半年前までは背が伸びていたのに、完全に止まったな。90ティパス(地球換算で約173センチ程)ぐらいか。……髭も生えてこんしな。」


彼の言葉に、俺は驚きながらも言葉を失った。言われてみれば確かにそうだ。ここ数か月、俺の背は全く伸びていない。


「お前の種族の特性か。」


リカイオスは興味深そうに肩をすくめた。

俺は自分の胸に手を当てた。これが長命種族としての特徴なのだろうか――老化しないということ。それは里にいたころ、皆の姿を見て漠然と感じていたことでもあった。


「お前にとってそれが武器になるのか、足枷になるのかは知らんが……俺なら使う。」


リカイオスが焚き火に目を向けながら低く言った。


「使うって……どうやってだよ?」


俺は思わず問い返した。


「長く生きられるなら、その分、技を磨く時間も増える。経験も積める。成長できる機会が他の人間より多いってことだ。それを活かせるかどうかはお前次第だ。」


彼の言葉には説得力があった。長命種族としての自分の特性をどう捉えるべきか、彼の言葉は一つの指針となるように感じた。


「分かったよ。どうせなら、この力を使ってやる。」


俺は剣を握り直し、リカイオスの目を真っ直ぐに見つめた。ゾーイを探し出し、守るために、俺にはこの力を受け入れる覚悟が必要だと思った。

リカイオスは満足そうに笑みを浮かべ、焚き火にもう一本の枝をくべた。


「そういう返事ならいい。だが安心するな。訓練はこれからもっときつくなるぞ。」


俺の前に待ち受けるものがどれほど厳しいか分からなかったが、それでも覚悟は決まっていた。ゾーイを守るためには、どんな痛みも恐れることはできない。

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