第1話

雨が降っていた。窓を叩く激しい雨粒の音が耳に残り、目の前には鋭い光が飛び込んでくる。それが最後の記憶だった。雨音に紛れて響いた轟音と衝撃、全身を引き裂かれるような痛みの中で、意識は真っ暗な闇へと沈んでいった。


次に目を覚ましたとき、何かが変わっていた。ぼやけた視界、体中に感じる重さ。手足は異様に小さく動きにくい。視界に映るのは、大きな影が二つ。女性と男性の二人が俺を見つめている。女性は優しい笑顔を浮かべ、そっと俺を抱きかかえている。

何を言っているのか分からない言葉が耳に飛び込んでくるが、不安はまったくなかった。その温かな眼差しと笑顔だけで、ここが安全な場所であることを理解できた。だが、すぐに気付いた。自分が赤ん坊になっていることに。


「……転生した……のか?」


全身の小ささも、動かしにくい手足も、全てがその事実を示していた。驚きや困惑はあったが、彼女たちの微笑みの中で俺はすぐに受け入れた。新しい命としての人生が、ここから始まるのだと。


日々の生活は、驚くほど穏やかだった。母親の優しい笑顔、父親の落ち着いた声、家中に漂う木の香りが俺を包んでくれる。父親が木工をする音は、心地よいリズムを刻んでいた。


赤ん坊としての生活は不自由だった。自分の体が思い通りに動かないことにもどかしさを感じるし、言葉を伝えたくても泣くしかできない自分が悔しかった。それでも、母親が俺を抱きしめ、鼻歌を歌ってくれると、そんな不満もいつの間にか消えてしまった。彼女の温もりは、どんな言葉よりも心を落ち着かせる力を持っていた。


そんなある日、不思議な感覚に襲われた。昼間、部屋で横になってぼんやりしていると、胸の奥に何かがある気がしたのだ。微かな温かさ――言葉では言い表せない感覚が胸の中で広がる。


「なんだ、これ……?」


目を閉じたままその感覚を追いかけると、ぼんやりとした「本」のイメージが浮かび上がった。その本からは、一本の紐が伸びている。そして意識の中でその紐を辿っていくと、俺はある空間にたどり着いた。


そこは図書館のような場所だった。高くそびえる本棚が果てしなく続き、その間には淡い光が漂っている。その光景はあまりにも神秘的で、言葉を失うほどだった。


俺は近くにあった一冊の本に手を伸ばした。すると、その瞬間、意識がその本の中に吸い込まれるような感覚に襲われた。目の前に広がったのは、ある人物の人生だった。その人が何を考え、何を感じ、どんな行動を取ったのか――様々なことが本に記録されている。


何冊かこの本を読んで知ったが、俺が転生した「繋ぐ者」と呼ばれる長命種族は、俺の胸の奥にある本――「アニモス」に一生を記録し、それを未来へと繋ぐのが使命らしい。そして死後、その記録はこの図書館――「ビブリス」に収められ、「繋ぐ者」と繋ぐ者にその魂を書き繋がれた者たちは「永遠の都エイオン」に行くことができ、永遠に幸福を分かち合うという。


最初は信じられなかったが、ビブリスに触れ、アニモスを感じた今となっては否定することはできなかった。


さらに時が経ち、俺には新たな存在が加わった。隣家で生まれたばかりの赤ん坊――彼女の名前はゾーイだった。母親が俺を抱えて隣家を訪れると、そこには俺と同じ赤髪の赤ん坊が眠っていた。


母親が俺をゾーイのそばに近づけると、彼女はじっと俺を見つめた後、にっこりと笑った。その笑顔につられて、俺も思わず笑みを浮かべた。その瞬間、俺は初めて、この世界で「繋がり」を感じた。


やがて俺たちは少しずつ成長し、一緒に遊ぶようになった。里の中を走り回り、川で魚を追いかけたり、木の実を拾ったりと、無邪気な時間が過ぎていく。


「スピロ、見て見て!これ、きれいでしょ!」


ゾーイが拾った小石を俺に見せる。太陽の光を浴びてキラキラ輝くそれを見て、俺は笑って答えた。


「うん、きれいだね。」


家族の笑顔、ゾーイの無邪気な声、里の穏やかな風景。それらに包まれた日々は、俺にとってかけがえのないものだった。転生という突然の始まりを迎えた俺が、この世界で見つけたのは、確かな幸せだった。

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