第一章 砦墜とし編・6

「さて、後はアコが使える武器を用意しなくてはなりません。アナタ、剣や槍の心得はあるの?」


 当然、武僧ではないアコニタムには心得など一つも無いため、否定する。


「アコは冒険者に憧れたりはしなかったの? 意外ね」


 私の娘は聖職者を目指すより冒険者を目指したから、などと言いながら巫女長は肩を竦める。きっと猛る血がそう導いたのだろう。


 なお冒険者とは壁外で魔物を狩ったり、魔物に滅ぼされたかつての街や遺構を探索する宝探したちの事である。


 彼らは壁の近くに多く、ここ王国中央地域ではまず見ることはない。当然アコニタムのような王国中央周辺の孤児院出身者には縁のない生業である。


「その、鍬や鎌なんかはよく使いましたけれど、武器としてなんて、とてもとても。ナイフだって髪を切ったり、調理にしか使いませんし」


 そう伝えると巫女長はしばし眼を瞑って考える。もちろん白昼の往来を歩きながらだ。

 次の目的地まで歩き続けているので、いくら旅装のアコニタムとてそろそろ足が疲れてきたころだ。


 休みたいなという気持ちを喉元で止めつつ、巫女長は眼を瞑っているのに誰ともぶつからないなと気を紛らわせながら追従する。


 しばらくすると、巫女長はアコニタムに振り返って告げる。もちろん歩きながら、人を避けながら。


「分かりました。そもそも戦闘訓練を受けていない者に、今すぐ戦士の足運びを真似しろ、というのは土台無理がありますからね。武器についてはおいおいとしましょう。先ずは生存第一です。すると術士の立ち回りが最適でしょう」


 アコニタムの返事を待たずに、つい今しがた戻ってきた侍女に何事かを告げた巫女長。

 連続おつかいイベントが発生した侍女は、終始無言だったがその目元には涙が溜まっていた。

 走り去る侍女の背中にアコニタムは彼女の幸を神に願った。


「アナタの最大の武器は何といってもその絵札です。例え両手が塞がっていてもアナタの意向に従い、範囲は限られているとはいえその中であれば自由自在に動かせるわけですからね。つまりアナタは先制攻撃さえ防ぐことができれば、間合いの中の相手を必殺できるわけです。しかも、数段格上の相手にもです」


 解説を行いながら、巫女長が次に訪れたのは門前町には珍しい酒場である。看板には冒険者組合の象徴である剣と宝箱が描かれているので、組合直営の酒場のようだ。

 何食わぬ顔で巫女長は入って行く。この手の店が初めてのアコニタムは、恐る恐る入店した。


 やはり王国中央都市部、通称王都には冒険者が少ないようで、店内は人影が疎らだ。酒樽や酒瓶が並べられている棚の前の長机に半妖精が一人、昼間から何かを飲んでいる。


「アレは、わたくしの昔馴染みの冒険者です。ドワーフのヘルムントスと言い、力自慢の豪傑です」


 横に大きな背中と、腰に比べて随分と背の低い姿は見間違うはずもなくドワーフのものだ。

 赤々とした髪は複雑にカールしていて、それが髭と一体になっている。


 丸太の様な腕と脚。そして無類の酒好きという特徴も一致している。ドワーフは街中でも極稀に見かけるが、巫女であるアコニタムにとっては初めての邂逅だった。


「す、すごく大きい方ですね」


 アコニタムはその横幅について言及したのだが、耳ざとく聞きつけたヘルムントスというドワーフは、それを褒め言葉として受け取った様だ。


「おお、でっけえ漢っつーのは、オレぁの事か嬢ちゃん。見る目があんじゃねぇか、このヘルムントスのおいちゃんが酒をおごってやるぞぉー」


 横だけ小山のような巨漢がゆるりと振り返る。

 空になった酒瓶が3本もあるのだが、ヘルムントスは特に酔いの回った表情をしていない。眼光は柔和で、ドワーフと言えば話しに聞く、偏屈頑固な性格とは異なるようだ。どちらかというと気の良い商店街のおじさんのようである。


「げぇ⁉ 戦巫女。お前もう来たのか! 晩餐会までここで飲んでろっつって金くれたのは感謝するが、ちと約束の時間には早すぎるぞ」


「時間がありませんので端的にお伝えします。この子は巫女のアコニタム。訳あって宵の明星に玩具認定された哀れな少女です。ヘルムにはこれからこの子の攻撃を一方的に受けてもらう案山子になってもらいます。いいですね? もう依頼料は受け取られておいでのようですから拒否権はありませんよ?」

「は?」

「え?」


 巫女長が放った言葉にヘルムントスもアコニタムも困惑した。ヘルムントスは宵の明星の件に耳を疑い、アコニタムはこのドワーフを攻撃する意味について訳を聞きたかった。


「言いました、時間がありませんと。組合長、いますね。下を借ります。請求書は侍女に持たせてください」


 実家の如く、迷わずに巫女長は酒場を横切って地下への階段を降りていく。


 アコニタムは条件反射の様に彼女の後を追い、ヘルムントスは木のジョッキを持ったまま椅子から降りて呆けてしまった。


 巫女長と入れ替わるように奥から長机の店側にやって来た黒服の紳士は、侍女から中型の巻いた羊皮紙を受け取って、そこに何事かを記しながらヘルムへ言った。


「早く行かれた方がよろしいですよヘルム殿。あのお方の顔は、まるで戦場に向かわれる時のものだ……」


「あ、ああ、うむ。馳走になった。旨い酒だった――が、もう味を思い出せん」


 ヘルムントスは言われた通り、ドスドスと重そうな音を立てながら地下への階段を降りて行った。

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