プロローグ 勇者召喚の儀式と少女覚醒・4

                   ◇

 勇者召喚の儀式。それが如何なるものか、彼の王は持ち前の好奇心に突き動かされ悠々と結界を突破し、聖域たる第一聖堂へと単身乗り込んでいた。


 彼の王に距離などは些事なものであり、純然たる創造神の神秘ならいざ知らず、只の守護者程度が張った結界など、多少肌を焼かれる程度でしかなかった。


 彼の王にとって現存の人類は、魔物を養うための家畜であり、それも優良で手間のかからない高品質な畜肉として認識していた。


 自ら檻に入って生活し、その中で勝手に殖え、肥えて、そしてわざわざ喰われに出てくる。なんとも便利な生物を用意してくれたものだと彼の王は神に感謝したほどだ。


 しかもその畜生は勝手に芸を覚え、そして様々な加工品をせっせと拵えてくる。実に愛いではないか――と、かつては思っていた。


 故に、彼の王は飽きてきた。


 芸に見飽き、質の落ちてきた美術品を見る度に溜息が混じる。

 だから、これが最期だった。


 つまり、彼の王にとって人類とは、嗜好品であり消耗品でしかないのである。


 滅ぼすことに決めた彼の王は、聖堂内に悠々と侵入を果たした。そして少し調べただけで彼の王は理解していた。

 【勇者召喚の儀式】とは何ぞやと。

 それはいつかの時、現界と霊界の門が開いた際の幽世との接続に近い物だった。


 なるほどと、唸る。

 魔物には魔物をぶつける。それは理に適ったことだ。

 なんせ現生人類にはもはや期待など持てないのだから、創造神が見限ってもおかしくはない。


 だが、これで新しい玩具が手に入るのだと、改めて彼の王は神に感謝した。

 なんとまあ、至れり尽くせりではないか。ならば今しばらくこの余興を鑑賞するのも吝かではない。


 儀式が進む。彼の王は神域に侵入した。


 多少力が抜けるが、そんなものは数年程度の休眠で完治するだろう。

 致命的でなければ、その場を去ることなど考えすらしなかった。


 そもそも、創造神は神域に入った自分を消滅させられなかった。


 悲しいかな、相当弱っていると看破する。


 気色の悪いまっさらな神域と、巫女長を起点にした巫女の輪は、その場に魔王がいることなど一切気が付いていない。

 無防備なものだと一瞥をくれるだけだった。


 儀式が進むと、霊晶が神域に溶けて霊力となって広がり、光が溢れる。


 先ず二人が何もない空間から薄っすらと浮かび上がり、一人、また一人と増えていく。


 見たこともない衣装。

 知識に無い民族的特徴。

 材質すら分からない道具の数々。


 彼の王は口元を笑みで歪め、新しい玩具が増える度に目を輝かせた。


 魔王と自称して11年。自意識を持って20年ほどになる。彼の王は正に、自由を謳歌する青年と精神構造は変わらなかった。


 光りが弱まり輪郭がはっきりしていく。

 召喚されたのは異界の少年少女たち。


 輪郭が定まると包んでいた光が体に吸収されていく。あれが神秘の一端であると彼の王は看破した。

 勇者はおそらく一人だけだが、それを支える仲間たちも強力無比な力をその身に宿したことだろう。


 だが、彼の王にとっては守護者以下では話しにならない。


 勇者とて、現段階では誕生直後の守護者よりも劣っているようではないか。

 彼の王が継承してきた魔物たちの記憶が、そう答えを弾き出した。


 致し方無し。彼の王は納得する。

 玩具なり料理なり、完成品が届けられることなど存外稀なものだと。つまりは受け手がどの段階で完成であると納得でき、満足するかだ。


 現生人類にはその片鱗は見当たらなかった。故に飽きていたわけだが、この勇者たちには伸びしろがあった。


 ひょっとして届くのではないか? 最果てに構えた自身の居城の玉座まで、と。


 それは実に愉快である。ならば待とう。彼の王は先の楽しみができたことに満足し、ふと、だがそれは一方的に貰い過ぎたかと考え直す。



 人類は食前と食後に神へ感謝をするという。

 他人から親切を受け取ると感謝を伝えるとされている。


 ならば我も一つ、感謝とやらでも伝えてみるのがいいだろうと思いついた。


 聖堂内に用意された玉座で、一人、そうお誂え向きに現国王と聖剣が用意されていたなと思い出す。


 ならば、国王の首を聖剣で刎ね、その流れで一族郎党を勇者一行の前で虐殺すれば、この巡り合わせへの謝意として十分ではなかろうか。



 そう思い立ったころには神域も徐々に縮小していく。現界へと帰還する時が来たのだ。


 最後にぐるりと神域を見回した彼の王は、ふとその視線を奪われた。



 燻し銀の髪が、目深に被った安っぽい赤錆色のフードの横から垂れ下がる、辛気臭い雰囲気を纏った少女のその青みがかった灰銀色の目に。



 どこにでもいるようなそんな少女だ。巫女の一人で、特徴らしい特徴もなく、なんの興味も引かないはずの畜肉の一頭。


 だが、その少女から立ち昇る霊力は、現生人類とは比較にならない。否、彼女自身は大したことはない。僅かな霊力しか持たないちっぽけな存在だ。


 しかしその少女は明らかに常軌を逸した力を目覚めさせていた。


 まさか!

 まさか、異世界人の召喚のみならず、史上最も稀な覚醒者の完成を目にすることになるとは!


 彼の王は歓喜した。

 まだだ、神はまだ俺を飽きさせるつもりはないらしい!


 彼の王は史上初の覚醒者に近寄ると、その目線に己が目線を合わせる。


 少女はピクリとも表情を動かさない。ただ真っ直ぐに目を凝らし、毛ほども眼球を動かすこともなく、彼の王を観察していた。


 気絶でもしたのかとも思ったが、しっかりと見ている。実に肝が据わっているなと彼の王は評価を改めた。


 彼の王は満足した。大満足だった。


 少女に告げる。


「面白いな、お前。実に興味深い」


 若く艶のある美声だった。

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