プロローグ 勇者召喚の儀式と少女覚醒・3

 祈りを忘れるほどに動揺してしまうアコニタム。

 表情はいつもの硬いもので、やや鋭くも理知的な眼差しが見える範囲の空間を忙しなく彷徨う。


 解を求めて巫女長に視線を投げれば、嫌でも目に付いたあの山ほどあった霊晶の山が、白い空間に煙の様に溶けていくところを目撃する。


(儀式は、続いている? 光の柱が増えていく……)


 掻き消えていく膨大な霊晶に反し、床から――どこからが床なのか認識できないが――次々に陽光のような光の柱が立ち昇り、真っ白な空間をさらに白く染めていく。


 眼を覆いたくなるほどの光量に耐えて、固唾を飲んで儀式の進行を見守るアコニタム。最早祈っている心境ではない。


 高位の儀式が如何なるものか知らない経験の浅い少女にとって、今はただ混乱する脳が情報を求めるがままに任せていた。


 程なくして、光の柱の中に薄っすらと人の影と思しきものが浮かぶ。

 それは柱の数だけ浮かび上がり、徐々に朧気だった輪郭がはっきりと認められるようになり始めた。


 一番最初に光の柱の中に浮かんだのは、少年と少女だった。年の頃はアコニタムと同じか少し上ぐらい。顔は童顔で、毛色が少年の方は黒褐色で、少女の方は濃い褐色だ。


 金ボタンが映える見たこともない立派な黒い衣装に身を包み、手には鮮やかな材質不明の鞄を持っている。


 すらりとした手足。色白だが血色のよい肌。アコニタムは少年がかけている眼鏡に一瞬驚き、しかし神に選ばれる勇者ともあれば、その財力はさもありなんと納得した。


 少女の方は髪も長く背中の肩甲骨を隠すほど。そのふんわりとした毛量も見事であるが、手で触れたくなるほど芸術的な艶のある髪は、きっと恐ろしいほどの金がつぎ込まれているのだろうと内心で震える。きっと自分のような下賤な出自の巫女が御髪一本でも触れたのならば、首が飛ぶやもしれぬと慄いた。


 だがしかし、勇者召喚は無事進行していると見て、アコニタムは心の中で安堵の吐息を漏らす。


 霊力の乏しい自分一人が欠けたところで、これほどまでに人材と金をつぎ込んだ儀式であれば、まあ狂う事もないだろうとやや投遣りな感想も浮かばせる。順応が早いのも彼女の取り柄だった。


 次々と光の中に浮かぶ人間の顔を見て、その数を数えていく。人数は35人。

 そして誰も彼も人間だ。獣人や半妖精は誰一人おらず、皆同じような毛色と背格好だ。女子の方がやや小さいが、中には男子と並ぶほどの上背の女性もいる。


 恰幅の良い男子もいれば、国王には劣るが服の上からでも分かるほど、戦士のようによく鍛えられた肉体を持つ男子もいる。


 男子19名女子16名のその集団は、アコニタムの一つ上の年齢であり、日本の高校生であった。

 黒で統一された詰襟の学生服に、学年を示す赤色のワンポイントを男子は首元のバッジ、女子はスカーフとして身に着けている。


 男子の中には白いカッターシャツに黒のスラックスを膝下まで上げたものもいるが、僅かに気崩したり下に色鮮やかなオレンジのパーカーを着ているものが居たりと校則はやや緩めかもしれないことが窺える。


 女子はセーラー服だがデザインは可もなく不可もなく。スカート丈も人によってまちまちだった。


 全員目を閉じた状態で、光の柱の中で浮かんでいる。そして徐々に光の柱が少年少女たちの心臓の位置に向かって吸い込まれるように消えていき、終には柱は全て消え去り人口が増えた白い空間だけが残った。


(これで、終わり? 神託は……いや、でもこれは)


 アコニタムは自身の身に起きた異変を感知していた。しかしそれを考えようとする前に、あってはならないことが起きたことを視覚が捉えた。


 先程まで全く気が付かなかった。否、光が強すぎて陰が気にならなかったとも言える。


 真っ白な空間に、真っ黒な穴がぽっかりと開いているではないか。


(なにあれ。どうしてあんなモノがここにいるの)


 身の毛がよだつほど悍ましい虚ろから、若い男が姿を現した。


 夕闇の様に深い青紫の髪と虹彩に、同色の鋭利なクオーツが額から生えている。


 背中には6枚の色違いの翼が生え、上から深紅色、真ん中が朱色、そして夕焼けのような橙色であった。


 腕の甲には髪色と同じ鱗が生え、爪は細く長い。服は毛皮を繋ぎ合わせたかのように野蛮で、しかし金属のような鎖も時々見える。薄手の鎖帷子を着込んでいるのかもしれない。


 武器のような物は携帯しておらず、しかしその全身から不穏な気配が漂っている。

 見ただけで不安になり、恐怖し、震えを抑えられなくなりそうだった。


 だがアコニタムは、その青年にも少年にも見える異形の男の目を凝視せずにはいられなかった。


 髪は短いが、左右一部の髪を計4本細く編んで垂下げていて、その毛先の少し上に黄金の留め具が着けられている。動く度にその留め具が澄んだ音を鳴らすので、アコニタムは余りにも似合っていないと内心で思った。


 もっと悍ましく、おどろおどろしい小物を身に着ければいいのにと、何とも言えない感想を抱いた。


 そんな場違いな現実逃避をしていたものだから、アコニタムは凝視していた視線を誤魔化すことができなかった。


 その明らかに邪悪な気配漂う不穏な男と、完全に視線が交差した。

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