キトリニタス百貨店 ファドロ

おさでん

過去の自分へ

存在理由が欲しいと、欲が湧き始めたのはいつ頃からだっただろうか。


ミランジュ家から解雇されて、殺される寸前まで痛めつけられて川に捨てられたときだったか。

いや、性格の歪んだ貴族にワインの提供が遅れて靴を舐めさせられた時だろうか。


「今死ねるなら、死にたい」と何度考えたか正直数えきれないが、

俺の人生史上一番に存在を「否定」された場面は、セリアーヌアお嬢様の隣に、ガリンペイロが居たことだろうな。

あの光景を見て、改めて自分の居場所はこの世にもうどこにも無いと確信をした。

泥臭い川魚の事は生涯憎み、いつまでもその首を狙うつもりではあるが、

お嬢様のガリンペイロに向けるあのようなを顔を見てしまっては、

もう、どう手出しも出来ないと悟ってしまった。

タイミングがあったとしたら、きっとその辺りだろうな。


「ぐっ・・か、はっ・・ア”ッ・・!!」

自重によって締め上げられる首。

蹴り飛ばした椅子ががらんがらんと音を立てて転がる様子が段々とぼやけて見えてくる。

呼吸が出来なくなり、一層食い込んでいく縄。

体に痺れが走っていき意識が消えていく。


ぶちっ


「あ”っ・・っ!!!ぐ・・っそぉ”・・!!」

首にかけていた縄がちぎれ、体が地面に叩きつけられ肺に空気が入ってくる。

咳き込みすぎて嘔吐をしながら首元を触ると、忌々しい”呪い”が縄を切る棘のような形になって回転している。

この”呪い”は、死ぬことさえ許してくれない。

これで死ぬことに失敗して47回。今回は睡眠薬を仕込んでから、無意識化での首吊りによって死ねるかの実験だったが、

何がトリガーでこれが発動しているのかいまいち掴めない。

やはり死ぬことへ少しでも意識してしまったら駄目なのだろうか。

手前でらしくもなく走馬灯など見たのがきっと悪い。


睡眠薬を全て吐き出せていなかったのか、意識の混濁が酷くなり始めていく。

存在理由が、欲しい。

見つからないなら死にたい。

お願いだから、死なせてくれ。

そう叫びたいのに、胃液で喉が焼けて声がだせない今の俺は、

さながらこの世に存在してはいけない物体のようで。


薄れゆく視界が、何が理由で滲んでいるのかも考えたくなかった。


~~~~~~~~~~~~~~~

朝日が差し込んで、小鳥が窓辺で気忙しく井戸端会議を繰り広げている。

まだ過去の夢の余韻が頭をじわりと蝕んでいて、少し呼吸が浅くなっていた。

深呼吸をして、動悸を落ち着かせていると、

見慣れた黒い斑点が浮かぶ髪がふわりと胸の上に乗っているのが視界に入る。

柔らかい髪質のせいで、呼吸で胸が膨らむたびにくすぐられている感覚になった。

何故か無意識に安堵を感じ、じっと髪が揺れるのを眺めていると、いつの間にか動悸は無くなっていた。

朝の冷えた空気を吸い込んで溜息をつくと、

少し唸りながらもファドが目を覚ます。

「ン・・・オハヨ、ローダス・・。起きルノ、はやいネェ・・」

微睡ながら優しく唇を重ねてくるこいつの手が、俺の頭をゆっくり撫でる。

「お前とは、生活リズムが・・違うからな。」

口を開くと、かなりしゃがれた声になっていたので、軽く咳き込む。

「ソレはソウだけド・・・アレ、ローダス・・どうシタノ・・?」

眠そうだったファドが心配そうに顔を覗き込んでくる。

どうしたも何も、お前が昨日散々・・・と言いかけてやめる。

「乾燥しただけだ。問題ない。」

「チガウチガウ。なにカ、悲しイ事でもアッタ・・?」

「何の話だ。」

顔に触れられる。目元を撫でるこいつの指から何故か水滴が滑り落ちていた。

「なんデ、泣いてルの・・?」

「・・は」

自分も目元に触れると、とめどなく涙が溢れていた。

悲しい訳でも、痛いわけでも無いのに。

止めたいと思えば思う程、止まらなくなっていく。

ああ、この涙はきっと・・

「なん・・だろうな・・ゴミが入っただけだ。

・・・顔を洗ってくる。」

不安な表情を浮かべるファドの頭を軽く撫でて、寝室を後にする。


「死ねるなら、今死にたい・・か。」

鏡に映る自分の姿は、至極幸せそうで。

涙は未だにゆっくりと頬を滑っていく。

きっとこの涙は、「存在理由」を知れなかった自分の過去の涙。

助けてほしい。救って欲しいと声に出せなかったあの時の感情だ。


「死ぬなら、あいつの為に死のう。」


そう呟きながら、首にうっすら残る昔の傷に触れた。

柄では無いが、あとで突拍子も無く感謝でも伝えてやるか。理解出来ずに首を傾げているのが容易に想像出来て頬が少し緩んだ。

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