輝きにまつわる五つの話

@Fnyoi

輝きにまつわる五つの話

 輝きにまつわる五つの話

 

 一 君と飛べた時の話

 

 神様がいるなんて嘘だ。君が消えてからのことをずっと思っている。

 17階建てのビルの屋上で君と暮らしていた。屋上は日差しが強くて暑いけれど、風が強く吹くから気持ちが良かった。落下防止の手すりに二人でもたれかかり、そこから町を見下ろすと時々赤い電車が走ることがあったから二人でよくそれを眺めて過ごした。快速なんて走らない場所だから、3両編成くらいでのんびり走る電車を眺めていると時間が流れていることはどうでも良くなる。横を振り向くと君はいつも楽しそうに電車を眺めていたね。「楽しい?」て聞くと電車を眺めながら笑う君がとても可愛らしかった。

 屋上では君とダンスをして過ごすことも多かった。太陽の真下で大きく音楽を鳴らして君と手を繋いでクルクルとまわってはしゃいでいた。僕たちはゆったりとしたリズムで踊った。二人ともダンスなんてあまり見たことがなかったから適当に跳ねたり回ったりして疲れるまで体を動かしていた。体を揺らしている間は君が考えていることが全て分かるような気がしていて気分がよかった。

 ある日いつものように手を繋いでクルクル回っていると電車が水平線と並行に走っているのが見えた。体が屋上の床と水平になって浮かんでいる。高い位置まで浮かび上がると、すごく大きな竜の形をした雲が海面の少し上に浮かんでいる。

「あのでかい竜をもっと近くで見たいね。食べられたら胃まで何日かかるんだろう、きっと体の中に街があって、そこで暮らすのも楽しいかもしれないね」

 大声で君に伝えようと叫んだ。風がうるさくて聞こえなかったのか返事はなかった。君はその雲とその先の水平線を楽しそうに見つめている。君と飛んでいるなんてなんてワンダーなんだろう。今はきっと空と宇宙の境目にいるに違いない。地平線や水平線、空と宇宙の境が君の笑顔の皺に重なって見えた。その瞬間、これが「愛」なのだと感じた。

 次第に高度が下がっていって僕たちは屋上に着地した。僕は君と飛べたことに興奮して、少し離れた場所に着地した君へ話しかけようと駆け寄ったその時に、君は強い光に溶けるようにして消えていった。

 17階のビルの屋上で僕は一人になった。何度もお願いをして、今もまだお願いを続けている。君が消えていく時、どんな表情をしていたかすら思い出せないでいる。

 

 二 レモンジュースの作り方

 

 君の好きな果物を育てようと、八畳程の僕の部屋の真ん中に縦横二メートルの枠を作り土を敷き詰めレモンの木を植えたことがあった。

 レモンはスーパーで売っている果実しか知らなく、どうやって育てればいいか分からなかったけれど二入で図書館に行って調べ、帰りにお花屋さんでレモンの木を買って帰った。店員に「土が乾いたら水をたっぷりあげてくだださいね」と言われたから、帰ってすぐ植え付けをしてキッチンの蛇口からホースで水をあげたんだけど、排水のことなんて何も考えてなかったものだから床が水浸しになっちゃって……二人で転げ回って笑ったよね。

 水は雑巾で拭き取って、それから下の階の人に水漏れがしていないか確認しに行った。幸い下の部屋へは漏れていなかった。

 今度はちゃんと排水のポンプを用意し、ベランダへ排水できるようにしてレモンを育てた。すごく時間と手間がかかっちゃったけれど、春に小さくて白い花が咲いていたのを君が最初に見つけて僕を起こしてくれた。その時の気持ちはもう……虹を見つけた気持ちに似ていたよ。 

 できたレモンはジュースにして二人で飲んだ。

 君は目を大きく開いて驚いた顔をしていた。僕も美味しくて驚いたよ。

 あれから僕はレモンジュースが一番好きで飲み続けている。あの時のレモンジュースより美味しいものなんてこの世には無い。

 

 三 テラコッタナイトマーケットにて

 

  大勢の人の行き交う中、汗が流れる額をお尻のポケットから取り出したハンドタオルで拭った。幅二メートルほどの歩道の両隣には築100年以上は経っている平屋が並んでおり、飲食店や観光客向けの洋服店や露店の土産屋が並んでいる。そんな通りがいくつもあって一つの町が作られていた。

 僕たちは知らない喧騒を楽しみながらカフェに入った。店の中は窓が開けられており、冷房がついてなかったので道に面して置かれているテーブルに座った。

 君は「ふぅ」と一息ついて麦わらで作られた帽子を脱ぎ、床の荷物を置くためのカゴの中に入れた。テーブルに置かれているメニューを見ていると、ウェイターが注文をとりに来た。

 君はパッションフルーツのスムージーを、僕はホットのカフェラテを注文した。

 運ばれてきたものを半分くらい飲んだところで、互いに交換して飲み合った。

 店を出て道を歩く。手を繋いで歩いていると僕は手のひらや身体中に汗をかいているのを感じる。オレンジ色に照らされている君の首筋も湿ってきているのが分かった。君の服の下の背中や腰、太腿に流れる汗を思う。屋台のアイスクリームやサンドウィッチを買い、食べながらホテルに戻った。

 僕たちはベッドの上で体から粘液を分泌してナメクジのようにドロドロに混ざり合った。君と自分の境目が無くなってしまうほど混ざり合う。僕は自分の体が今どう動いているのか分からなくなっている。体中の粘液を出し尽くしてしまい僕の体は縮んでいく。

 僕たちは失った水分を取り戻すように、冷蔵庫に入っているペットボトルや缶ジュースを全て飲み干して眠った。

 

 四 一千一秒の出来事

 

 ベランダの柵にハクセキレイが止まっている

 ウイスキーにレモンジュースと砂糖を混ぜて飲んだ

 あっという間に暗くなりキラキラ光る満月

 真夜中のそれには霜が降りていた 

 

 五 冬の祭り

 

 昨晩降った雪が凍っていて、俺はジャリジャリと足音を鳴らしながら祭りが開かれる飛行場横の砂浜に向かっていた。

 何かの記念に始められた祭りで俺が生まれるずっと前から続いているらしい。この街に越してきてから12年経つが毎年参加している。

 500メートルほど伸びた砂浜に屋台やDJブースが設置してありアンビエントやLo-Fi が演奏されるゆったりとした雰囲気で、砂浜の後ろには空港と基地があり祭りの終わりにはジェット機のアクロバット飛行が行われる。

 大きなフードにファーのついたミリタリーコートを羽織りアウトドア用の折り畳みの椅子が入っているケースを肩にかけ、財布から何枚かのお札を取り出してポケットに突っ込んだ。家のドアを開けるとまだ深い紺色の空には小さな雪が舞っていた。

 俺の家から砂浜までは田圃や畑の中を四十分は歩くことになる。街灯の数がとても少なくて、次の街灯は遠くで何か光っているなとわかる程で暗く、雪を踏む音しかしなかったが、俺が浮かれているせいか騒がしい感じがした。

 俺の体に流れ星のように白く光る雪がぶつかって消える。月の明かりを頼りに気を付けて歩く。宇宙を歩くのはこんな感じなんだろうなと思いながら砂浜までを急いだ。

 木が生い茂った公園を通り抜けると砂浜には音楽が鳴っており、ぼんやりと光る提灯がいくつも立てられ何人もの人たちが準備をしていた。

 祭りの中心から少し離れた場所にリュックから取り出した椅子を組み立てていると「今年も早いな」と声をかけられた。振り返ると4合瓶とプラスチックのコップを持ったシンが立っていた。 

「今年もホットドック売ってんの?」

「あと今年はラーメンも売ることにした。三時間も前から煮込んでんだぜ」

 差し出されたコップを受け取りシンが注いでくれた酒で乾杯をして、それを一口で飲み干した。

「準備があるからまた後でな」とシンが戻ると、もらった酒を持って椅子に座った。

 いつの間にか眠ってしまったらしく「よっ、久々、元気?いつも寝てるね」と君に肩を叩かれて目を覚ました。もう明るくなっていて周りは賑やかだった。

 俺は跳ね起きて少しだけ君と世間話をし、君の手に繋がれた男の子に大人の身長ほどの大きさのジェンガが向こうにあるから一緒にしようと誘った。

 大きなブロックを抜いてはしゃぐ君の子供を持ち上げ、抜いたブロックを「ゆっくり置くんだんぞ」と俺も一緒に騒ぎながら置かせた。うまく置けた男の子は周りの人に褒められながら君の元へ走って戻っていき、君の足に抱きついた。君は俺に笑顔をむけて手を振り、子供にも手を振るよう促して「またね」と言って人の中へ消えて行ってしまった。

 自分の椅子に戻って海を眺めていると、シンがホットドックとラーメンと椅子を持って来て俺の隣に座った。

「神様はやっぱりどこかに行ってしまったらしい」もらったホットドックを食べながら言うと、シンは「なにそれ」とラーメンを啜った。

 いつか飛び続け光の速さに到達した時、俺も光の中に行けるのだろうか。

 歓声が上がり青く光り輝く空をジェット機が飛んでいる。

 

 (了)

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