はらぺこ宇虫人

空御津 邃

前編 はらぺこ宇虫人と星降る夜

 星降る冬の夜――とある古い学寮の一角。


ごく普通の男子高校生『茶楽美花ちゃら うつけ』は、200年に一度しか見られないアオムシ流星群を見ながら、夜食のカップ麺を啜っていた。



「200年に一度のアオムシ流星群――ね。


他の奴等は、彼女とお泊りデートや友達同士で山キャンプに行ってるというのに、俺は一人で補習と宿題とは……。


しかも寮長は「今日の消灯時間は7時にして、皆で星を見まショウ⤴︎」だなんていうから、電気も点けれないし、オマケにスマホは謎の通信不良……。


に、に、ニクい!! ニクいぞ流星群!

他の奴等は青春を謳歌してるってのに、俺にはぼっち赤っ恥の冬を送らせやがって!!


どうせ通り過ぎるんだから、俺の夢も叶えやがれ!

この茶楽美花、齢16にして一生の願いだ!!


面白可笑しい青春を! 運命の人との大恋愛を!

暗雲立ちこめる我が人生に光芒一閃の出会いを!!」



未だ厨二病を燻らせる美花――しかし、一つの流れ星がその声に応えるように煌々と流れ――否、


「あぶな〜い……かも。」


「――女の子っ!――は!」


女子の声に釣られた阿呆は、この時人生で初めて全身の骨が折れた。


流れ星が光ってから、実に3秒の出来事であった。



 流れ星が如く、学寮の一室を美花ごと粉砕したのは典型的で、少し小型な円盤型未確認飛行物体UFOだった。


そして今――下部から足が生える。


「やっぱ居眠り厳禁だね〜……アレ? なんか、ハマって――あだっ……」


足の生えたUFOは壁や机を巻き込みながらずり落ちて、遂にその中身を現した。


艶やかな白虹色の長髪、透き通った雪華のように白い肌に、星色の瞳。声音すら好音。


絢爛けんらんとはこの人の為の言葉だと誰もが口を揃えてはその端麗さに見惚れ、一度口を開けば耳と心を奪われてしまう――天下一の美少女がそこにいた。おまけに、キュートな触覚も頭に付いている。


だが、美花はそれを知る由もない――彼は今、三途の川を渡っている最中だった。



 少女がかつて人間だったものに気付くまで、そう時間はかからなかった。


「ひっ、やっちまった! 実は無事はだったり……しないね。スキャナーにも『ダメダメ』って書いてある。


こんな時は万機神マルチツールの出番……ポチッとな。」


少女が取り出した蜥蜴トカゲ型のリモコンから緑の怪光線が放たれ『人間うつけだったもの』を『人間うつけ』へと戻していく。


「痛っだぁぁぁぁあ……あ、あれ? 痛くない……はっ! 誰だおま……君は?!」


「万機神、バイタルチェックして。」


「ジー、イジョウナシ……タブン」


「良かった! 92.3333%問題ないって!」


「君が治したの? ……あのー?」


「あっ、名乗るね。えと……」


少女がリモコンを操作するとホログラムが映し出された。


「やぁ、人類諸君。我々は貴様等の言う『アオムシ流星群』の乗船員である、通称『アオムシ宇宙人』だ。


我々が神として、恐竜の後釜に人類を造った折、君等に重大な責務を課した。


我々、アオムシ宇宙人の腹を満たす為、食を追求すること。


アオムシ宇宙人は腹を満たすことで上位存在へと進化する! でも、美味いもので無ければダメだ! とはいえ我々は少数民族な上、文明は既に食文化失っている。


そこで我々は一から新たに文明を作り上げ、頃合いを見計らい、善き友として迎えることにしたのだ。


そして、今がその時! 拒否権は無い! 以上!


――イオで過ごす。究極のリラックスタイム――」


政治的なホログラム映像が止まり、新たに広告の様な何かが流れ始めると少女は慌てて映像を止めた。



 「……え? 終わり?」


「うん。」


「……突拍子が無さすぎない? 何も頭に入って来なかった……(まぁ、いいや大したこと話して無かったと思うし)あっ、君の名前をまだ聞いてない!」


「私? 私の名前は████ピーガガガ(爆音)だよ!」


「――! (鼓膜が破れたことを表すジェスチャー)」


「あっ、ごめんごめん……。」


少女は申し訳なさそうにしながら、また怪光線を美花に当てる。


「ったく! また死ぬかと思ったわ!! 急に古いPCみたいな音出して、どうしたんだよ!」


「うーん、これは推測だけど、固有名詞は自動翻訳の対象外なのかも……。」


「自動翻訳?」


「そう! この宇宙服ドレス万機神マルチツール、それぞれに付いてあるの! でも、地球での名前が無いと不便だよね? 何がいいかなぁ……。」


美花はようやく落ち着きを取り戻したのか、はたまた諦めがついたか……瓦礫の上に腰を下ろし、ここぞとばかりにその鈍い頭をフル回転させた。



 「お前の名前……どんな意味が込められているんだ?」


「意味?」


「あぁ。例えば、俺は茶楽美花ちゃら うつけという。美花の字は――」


美花は瓦礫から棒切れを取り、埃まみれの地面に名を書いてみせた。それを見た少女は、すぐに彼の隣へ腰を下ろした。


「美しい花と書いて、美花うつけと読むんだ。美しい花の様に、如何なる時も見る者を楽しませ、癒すという意味。


そして、――うつけって呼び名自体は常識はずれな人とかを指すらしいが――かつて天下人もそう呼ばれたから、あえてそう名付けたんだと。」


「天下人? 今調べるね――」


「いや、それくらい教えるよ。天下人ってのは、要は天の下を治める者で――」


「ふーん、意外とんだね。」


「小さい?――確かに、お前等からすれば小さいかもな。でも、昔はそれが世界の全て……それに等しいものだと考えられていたんだ。」


「――わかる気がする。」


「本当に?」


「うん――私も昔はアオムシ船内が世界の全てだと思っていたから。でも今は、自分の宇宙船で色んな星へ飛べてとても楽しい!!


あ、私の名前の意味だよね? 意味は――」


少女は立ち上がり、星河一天の中で最も暗い部分を指差した。


「――とても冷たい、とても暗い深遠の中の恒星。他に光が無くとも命潰えるまで、光続ける者という意味。」


吹き抜けになった部屋にとびきり冷たい風が吹く――なびく白虹色の長髪が、星々の光を乱反射させ、どの星よりも明るく、強く輝いて見える。


「――綺麗だな。」


「ふふっ―― ありがとう!」」


この時、美花は初恋をした――容姿端麗故か? 否。常軌を逸した荒唐無稽さは、その類稀なる美しさを置き去りにするものだった。実際、美花は死にかけた。


ただ何より――その宇宙大恋愛的笑顔が、この世の何よりも愛おしくなってしまっただけのこと。


それは誰の間にでも生まれ得る、ごく普通の恋愛感情だった。



 「――じゃあ名前は、白星流麗しらぼし ながれはどうだ?


白星の意味は、勝ちを表す星。他のどの星にも負けないぐらい明るい星だからな。


流麗は、流れ星とその軌道のように靡く長髪からとってみた。」


白星流麗しらぼし ながれ――うん、良い名前だと思う! 字は……練習するね!」


運命の出逢いも束の間。外では既に、人集ひとだかりが出来ているようだった。


「アレは、何なのでショウ⤴︎! まるでUFOのような……。」


「――はっ、この声は!」


美花は飛び上がり、下を覗く。


「ゲ! やっぱり寮長達だ! ほら、逃げるぞ!」


「逃げるって、何処に?」


「どこでもいいって! お前のその格好と触覚、それに宇宙船を見られたら――いや、まぁ宇宙船はモロバレだけれど――宇宙人だとバレたら、解剖されちゃうだろ!」


「なんだそんなこと? 大丈夫大丈夫! 私、かーなーり強いから!」


「なんか聞いたことあるな……いや、例え返り討ちにできても今度は俺の人生が終わっちゃうって!!」


「……なるほど。じゃあ、こいつの出番! 万機神マルチツールっ!」


「ワレガカミタルユエンヲ――」


白星は広告を飛ばすように、リモコンのボタンを連打する。


「ガ――シテ――ユエニ――ケイコク――シ――」


「なんか物騒な言葉聞こえたけど、スキップして良かったのか?」


「大丈夫大丈夫! また木っ端微塵になっても私が治すからさ!(宇宙大恋愛的ウインク)」


「――。(死を悟る顔)」


絶望する美花を他所目よそめに、白星は指を天へと突き上げ、くるくると回し、勢いよくボタンを押した。


「では! カモフージュ・オン! ポチッとな。」


万機神マルチツールの手が伸び、美花と白星の目元を覆う。直後、夜空が吹き飛ぶ様な明るさと爆発が起き―― UFOは『一見普通の缶バッチ』に――そして白星の宇宙服は、美花が現在着ているものと同じ『男性のパジャマ』に変わった。



 「なんだ?! 急に目の前が真っ暗に!! 俺、やっぱ死んじゃった?!」


「生きてるよ……多分。」


万機神マルチツールの手が引っ込む。


「うん、成功したみたい! 今の光で周りの不都合な記憶、記録は消した。もちろん、美花くんはそのままだよ……多分。」


「おい……なんで『多分』が増えているんだ?――って、その格好!」


年齢=彼女居ない歴である美花は、無論むろんチェリーボーイだった。絶世の美少女の色気(全年齢対象)を前に、すかさず手で目を覆うほど現実の女性には耐性が無かった。


「ん? カモフージュだよ? あの服じゃ目立っちゃうでしょ?」


「そうじゃなくて、胸元! そ、その……下着とか付けなきゃだろ!」


「あー! 確かに! 万機神!(省略)付けたよ!」


「お、おし。一先ずこれで……」


手を下げた美花が先ず見たものは、上だけ下着姿の白星とそれを見て唖然とする寮長だった。


「ち、ち、茶楽クン⤴︎!! 女性を男子寮に呼び込むなんて! しかも、しかも、コンナッ――――――茶楽クン?」


桃源郷――というより桃そのものを見てしまった美花は、鼓動が異常促進。結果、万機神マルチツールで応急処置した骨継ぎが破綻――本日2回目、生死の境を漂っていた。


「あらら、警告しとけば良かったなぁ。『万機神マルチツールの応急処置は約12時間で完治するものです。それまでは安静にしてください。』って――あ、スキップしたのか。ふふふ。」



 白星が美花を再生。その後、尚も気絶したままの美花が担架で運ばれるまで時間はかからなかった。


「デ。貴女は茶楽クンの何なのデスカ⤴︎! ここが女人禁制とご存知デ?! それにこの爆発は一体――」


「女人禁制? 知らなかった……ごめんなさい。私は……じゃなくて白星流麗しらぼし ながれ。美花くんとは切っても切れない縁なの。」


「ヘ⤵︎?」


「? じゃなかった。添い遂げる約束をした仲なの。」


「ホ⤵︎⤵︎?!」


「あれ? あれれ?? ち、ちょっと万機神マルチツール! 誤解があるみたいなんだけど……。」


「ワレガカミタルユエンヲ――」


「あー! もう! 役立たず!!」



 結局、亜多忙あたぼう高等学校男子寮は原因不明の爆発によって半壊。怪我人は、当時唯一寮内に居た茶楽美花ちゃら うつけただ一人という結果に終わる。


なお、寮は翌日何事も無かったかのように以前の姿に戻っており、問いただそうにも証拠が無いので、七不思議として話は流れたという。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

はらぺこ宇虫人 空御津 邃 @Kougousei3591

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画