第8話

「隣町への道」


アーサーたちの次なる目的地は隣町の交易都市フェイレム。そこには魔王討伐に必要な情報を握る商人がいると噂されていた。長旅を続ける一行だったが、この日は珍しく天気もよく、穏やかな風が吹いていた。そんな道中、いつも無口なフェルミアールがどこか落ち着かない様子を見せていた。


フェルミアールの様子の変化


「どうしたんだ?」とアーサーが尋ねると、フェルミアールは短く「別に」とだけ答えた。だが、目は遠くを見つめ、何かを思い出しているようだった。アルトが歩きながら鋭い視線を向ける。「お前、どこかで見たような目をしてるな。何か隠してるんじゃないか?」


「人間の詮索は好きじゃない。」フェルミアールは冷たく言い放つが、その態度はいつもより棘が強かった。普段ならそれ以上追及しないアルトも、「まあ、お前の秘密には興味ないけどな」と皮肉を残しつつ、少し興味を抱いている様子だ。


しかし、シンリーは黙っていた。彼女は観察するようにフェルミアールの顔を見つめ、やがて小さく呟く。「あなた、何かに怯えているわね。」その言葉にフェルミアールの眉がぴくりと動いた。


エルフの村の話


フェルミアールが口を開いたのは、森を抜け、町が見え始めたころだった。ふとした拍子に立ち止まり、風に揺れる木々を見上げながら呟いた。


「この景色を見ると、思い出す。」


アーサーがそっと尋ねる。「何を思い出すんだ?」


フェルミアールは少しの間沈黙し、やがて口を開いた。「私の故郷、エルフの村だ。あの村は、静かで美しい場所だった。自然とともに生き、魔力を紡ぎながら暮らしていた……外界の汚れとは無縁の地だった。」


それはどこか懐かしさを含む語り口だった。しかし、その次の瞬間、彼の目には憎悪の色が宿った。


「だが、その平穏は人間によって壊された。」


その言葉に、アーサーたちは驚いた。アルトは眉をひそめ、「人間が……どうした?」と低い声で尋ねる。フェルミアールは続けた。


「商人を名乗る人間たちが村を訪れ、最初は交易を持ちかけた。だが、彼らの本当の目的は村の秘宝――エルフの秘伝の魔法石を奪うことだった。私たちは最初、彼らを信じた。だが、彼らはその信頼を裏切り、夜の間に村を襲った。」


フェルミアールの苦い記憶


フェルミアールは、襲撃の夜を振り返るように続けた。


「私はあのとき、若くて愚かだった。村を守るために立ち上がったが、何もできなかった。人間たちは火を放ち、私たちの森を荒らし、仲間たちを殺した。あの夜、私は村を守れなかった……。」


その語りには苦しみと悔しさが滲んでいた。アルトは静かに聞き入っていたが、自分の過去を思い出したのか、低く呟いた。「お前も守れなかった口か……」


フェルミアールはその言葉に鋭い視線を向ける。「お前に何が分かる? 人間であるお前に……!」


「守れなかった過去を抱えてるのは俺も同じだ。」アルトはぶっきらぼうに言い放ち、それ以上は何も言わなかった。フェルミアールは言葉を返そうとしたが、彼の目に浮かぶ影を見て黙り込んだ。


シンリーの共感


沈黙が続く中、シンリーがぽつりと呟いた。「私にも、過去の失敗はあるわ。知識や力があっても、必ず守れるわけじゃない……それを思い知らされたことがある。」


その言葉にフェルミアールは驚いたように振り向いた。「お前が?」


シンリーは軽く頷いた。「でも、私はその失敗を繰り返さないために生きている。あなたもそうなのでは?」


フェルミアールは一瞬目を伏せ、そして静かに言った。「……分からない。俺には、まだその方法が見つかっていない。」


アーサーの言葉


アーサーは一歩前に進み、フェルミアールに向き合った。「それなら、これから見つければいい。俺たちと一緒にさ。君が何を抱えていても、俺たちは君を信じるよ。」


その言葉にフェルミアールは戸惑ったように目を見開いた。そして、少し苦笑しながら言った。「お前たち人間は、本当に無知で楽観的だな。」


「そうかもしれない。でも、それが俺たちの強さだよ。」アーサーは笑った。


フェルミアールはしばらく黙っていたが、やがて視線をそらしながら呟いた。「……少しだけ、お前たちの強さを見てみる気になった。」


隣町に到着して


一行はフェイレムの門前にたどり着き、活気に溢れる町を見上げた。フェルミアールは再び静かになったが、以前よりも少し柔らかい雰囲気を漂わせていた。


アーサーは軽く笑い、「これで少しは君の心の壁が崩れたかな?」と冗談めかして言った。フェルミアールは鼻で笑いながらも、「お前たちの喧噪に巻き込まれただけだ」と返した。


その一言に、アルトとシンリーも少しだけ微笑む。フェルミアールの心にある深い傷は癒えたわけではない。だが、少しずつ、彼は過去の痛みと向き合い始めているのだろう――そんな予感を抱きながら、アーサーたちは次の冒険へと歩みを進めていった。

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