第6話

あの先生の授業内容なんか可笑しかったんだよな。


気配の消し方、ナイフの扱い方に木登りもさせられた。


一般の体術の内容じゃなかったのは確かだ。


「無理難題を課しても卒なくこなす面白いガキがいると褒めていましたよ」


「相変わらず口が悪い先生ですね」


変な授業ではあったが嫌いではなかった。


びっくりするぐらい口の悪い先生だったけど。


「私のことはラズとお呼びください。改めてこれから同僚としてよろしくお願いします」


手を差し伸べてきたラズに特に断る理由がない俺は握手に応じる。


「ええ、よろしくお願いします」


「えぇ!ラズのお父さんって特殊任務をこなす影部隊に属してる人でしょお?そんな人から教わってたのぉ!?」


おい、それってまんま暗殺も担う職種じゃねぇかよ。


「ええ、そうですよ。同じ父から体術を教わった者同士、アンバーさんとは仲良くやれそうです」

無表情の顔に微かに口角が上がり、ラズの雰囲気が少し柔らかくなる。


「もお!ラズは相変わらず堅苦しいなあ!もっとフランクに行こうよぉ〜」


「では、これから仕事内容についてお話したいと思います」


ラズは慣れたようにクロードをあしらう。


「お願いします」


起床の声がけ、毎日の衣装のコーディネート。休息時間のお茶入れ。起床から就寝までラピス様のお世話。


「時に家令のジルベールさんの補佐をすることもあります」


サファイア公爵家の家令ジルベール・クォーツは俺の祖父だ。


ロマンスグレーの髪を全て後ろに流し、金色の瞳を光らせる祖父の威厳ある姿が思い浮かぶ。


祖父のあの目で見つめられると背筋が自然に伸びる。厳しくもあるが孫の俺には甘い祖父。


俺の父に早々に家督を譲り、サファイア家の家令を長年勤めている人だ。


俺の父もご当主様の従者をしてる忙しい身だ。クォーツ家の領地は子爵夫人の母が管理している。


クォーツ家の血が流れている人間は皆優秀であり、例に漏れずサファイア公爵家に多大な忠誠心を捧げて仕えるらしい。


俺は例外だ。特殊な生まれのためそこまでの忠誠心は育まれなかった。


ラズが丁寧に仕事内容を教えてくれるなか、クロードは机に両肘をつき手に頭を乗せながら時計に目を向けた。


「そろそろお昼だねぇー」

ぐたっとしているクロードの言葉にラズも頷く。


「ラピス様はお昼の食事は軽く召し上がられて、その後はよくガーデンテラスでお茶をされます」


ゲームの中のラピスはガーデニングが趣味だったな。亡くなった公爵夫人が愛していた青い薔薇をラピスが公爵家の広大な庭園で大事に育てている。


「アンバーは俺とガーデンテラスでお茶の用意をしに行こう〜」


「はい。わかりました」


「私はラピス様の部屋にお食事を配膳します。ガーデンテラスの用意はお二人にお願いしますね」


クロードとガーデンテラスにテーブルとイスを運び入れる。


公爵家のバラ園はこの世のモノとは思えないほど優美で見事だった。


生命力溢れる青いバラが庭園を覆い尽くす眺めに感動すら覚える。


まさか画面越しに見ていた公爵家の青いバラを実際に見ることができるとはな。


現実世界では青いバラは存在しなかった。


やはり自分はゲームの世界に生まれ変わったのだと実感する。


「ねぇー、公爵家のガーデンって貴族たちがこぞって一度は見てみたいって羨望集めてるんだけど、初めて見た感想はいかがー?」


「ええ、とても美しいですね」


「このガーデンは公爵家の宝って言われてるんだけどねぇ。ラピス様が大事に育てている青いバラは公爵家が招待したお客様にしか披露しないんだぁ」


「ラピス様が育てているのですね」

すでに知っている内容だが話を合わせる。


「そうだよお〜。だから俺たちもラピス様と一緒に手伝ってるの」

従僕って庭師の仕事もするのか。


「それはとても楽しそうですね」

心にも思ってないことを笑顔で言えるようになるなんて前世と比べると相当スキルが上がったな。


「お花って大事にお世話するほど綺麗に咲いてくれるからやりがいはあるよぉ!」


クロードは花大好きキャラだったか?


ラピスがガーデンテラスに来るまで永遠とクロードの話を聞き続けた。


こいつはうるさいほどよく喋るな。


だが主人の前では落ち着いた態度の有能な従僕になる。


さっきまでだらだらしていた姿からは想像もできないほど優秀な従僕っぷりだな。


「ラピス様、本日はスコーンとバタークッキーをご用意しました。スコーンにはこちらのラズベリージャムを付けてお召し上がりください」


クロードがラピスに配膳している横でお茶を入れる。


「どうぞ。本日はガナール産のベルガナティーです。こちらは芳醇な香りで味わい深いお茶です。スコーンとラズベリージャムの相性が良いです」


ラピスの前にティーカップを置きお茶の説明をする。


「アンバーはお茶に詳しいのか?」


「いえ、紅茶が好きなので少し知識があるほどです」

ラピスは優雅にティーカップを持ち上げてカップに唇を寄せる。


「美味しい…」

「それはようございました」

ラピスにニッコリ微笑むと無表情だったラピスの表情が少し緩む。


「これからはアンバーが入れてくれ」


「かしこまりました」

どうやら俺の入れたお茶をラピスは気に入ってくれたらしい。


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