第2話
ぱちりと目が覚めた。
ここはどこだ?
俺はいったいーーー
身体を動かそうとするが、重たくて思うように動けない。
きょろきょろと視線を動かすとどうやら俺は木製の柵に囲まれている。
俺の頭上には布で形作られている星や月が天秤に吊るされ左右非対称に揺れている。
モービルか?
なんで赤ん坊のおもちゃがあるんだ?
体を動かそうともがいていると小さな手が視界に入る。
なんだ?
視線を横に動かすとぷくぷくとした紅葉のような手がある。
自分の手を確認するように目の前に持っていくと小さい赤ん坊の手だった。
「あぶっ!あううー!」
俺の手か!?どういうことだ!?
目の前にある手をグーパーして動かす。どうやら自分の手のようだ。
動くことも喋ることもできず、ただ声を上げるだけしか出来ない。
「あらあら、アンバー目が覚めたのね」
声をあげた俺に気がついたのかこちらを覗き込んできた。
日本ではまず出会うことのないやけに綺麗な容姿の若い男だ。
銀色の長い髪がサラサラと肩から落ちていくと様子を目で追いかけていると、白くて細い指で耳に髪をかける仕草に色気を感じる。
髪と同じ銀色のまつ毛はパサパサと音がしそうな程長く、少し伏せられていた瞳はルビーみたいな赤い瞳をしている。
美人が俺を見てアンバーと呼びかけているが俺の名前か?
この部屋に他の人間がいる気配は感じなかったけど、俺一人ではなかったらしい。
「私の愛しい息子はよくおねんねしてお利口さんね」
は?息子?
こちらを覗き込む麗人を呆然と眺めていると抱き上げられた。
「私は貴方のお母様ですよ」
慈愛に満ちた優しい笑みを浮かべているが、今おかしなことを口走ってはいなかったか?
俺は耳もおかしくなってしまったのか。
見た感じこいつ男だよな?
「あー!うー!」
それにここはどこだよ!
バタバタと手を動かすが母親と名乗る人物はにこにこと微笑みを向けてくるだけで微動だにしない。
「ご機嫌ね」
違う!!
抱き上げられて視界が広がり、周囲を見渡すとここは見たこともない豪華な部屋だった。
どうやら俺はベビーベッドに寝かされていたみたいで身体も小さくなった様だ。
数日間、観察していてわかったことがある。
俺の名前はアンバー・クォーツ。
子爵家の嫡男として生まれた。
母親だと名乗った男は本当に俺を産んだらしい。
母の名はアクア・クォーツ子爵夫人。
現在、俺の顔を覗き込んでデレデレとした顔を披露している男こそが子爵であり父親らしい。
冷めた目を向ける赤子は可愛いか?
ベリル・クォーツ子爵。
黒髪でキラキラと輝く金色に瞳を持つ父親は、甘い顔立ちのとんでもないイケメンだった。
この世界には容姿が整った野郎しかいないのか。
デレデレの情けない顔をしていてもイケメンはイケメンのままだった。
この世界に生まれてから男しか見ていない。
乳母も男だった。
平たい硬い胸に包まれて母乳を飲まされた。
俺が寝ているベッドを綺麗にしてくれる奴も男。ちなみに男版のメイド服みたいな服を着ていた。
無駄に綺麗な顔をしてる男のふりふりメイド服姿が妙に似合っていた。
なんだこの世界。
爵位がある時点で俺が知っている世界ではないし、男が子どもを産めるとかどんなパラレルワールドだよ。
長い夢でも見てるのかと自分の柔らかい頬をつねってみたがしっかり痛かったので現実だった。
何故、赤ん坊になってしまっているかについてはこの際置いておいて、俺の中の記憶を順に思い出すことにする。
まず記憶にあるのはこの世界とは似ても似つかない日本に住んでいた。
俺には父と母、妹の家族がいた。
アメリカで生まれて、数年して日本に帰ってきた普通の一般家庭だった。
俺は大学に通っていた。毎日楽しくモテモテの大学生活を送っていた。
ヨーロッパの血が入っている祖母から父へ、そして俺へと容姿が受け継がれた。
整った容姿の俺に周りが放って置くはずもなく、日本人には珍しい色素の薄い茶色の髪と瞳も相まってとにかくモテた。
自分から動かずとも向こうから勝手に擦り寄ってくることは当たり前。常に女も男も入れ食い状態だった。
面倒ではない後腐れないお付き合いをしてくれるお友達には全く困らなかった。
ああ、そうだ思い出した。
上手く遊んでいたつもりだったが、何をどう勘違いしたのか幼馴染を本命だと思い込み、泣いて縋ってくるセフレにうんざりした俺はセフレに関係の終わりを告げたのだ。
何やら泣き叫びながらこちらに向かってくる男の手には刃物が握られており、悲痛な男の表情を最後に記憶が途切れている。
腹が熱くなり強烈な痛さが全身に広がった覚えもある。
ああ、刺されたのかと自覚した瞬間にこちらの世界で目が覚めた。
痴情のもつれで刺されて死んだとか若気の至りでは済まされねぇな。
あっちの世界の俺は死んで、こっちの世界に俺は生まれ変わったのか。
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