【四十五歳】
一人暮らしを始めたユキナから、最近仲の良い男性ができたという連絡を受けた。
学業とアルバイトに追われる生活だけど、特に不自由していないようで、一安心した。
電話越しからも明らかに性格が明るくなったような様子が伺える。
やはり私という存在はユキナにとって悪影響だったのだろう。
ユキナも今年で二十歳になる。仲の良い男性ができたのであれば、二十歳の誕生日に黒衣の振袖が届くよう手配をしておこう。
思えば私もアンドレアスと出会ったのは二十歳の頃だった。
◇ ◇ ◇
この頃から一つの大きな変化が現れだした。
それは贈り物が極端に減ってきたからだ。確かに歳を重ねるにつれて減っている気はしていたが、あまりにも極端に減っている。
贈り物とは「他の世界の私の見た映像・音声」だと私は考えている。
それが減ってきたということは「他の世界の私が見聞きできない状況」つまり「死んでいる」ということではないかと推測した。
贈り物には時間差がある、私のところを届いている声は未来の声かもしれないし、ずっと過去のことかもしれない。
そもそも『私』の声は他の世界に聞こえているのだろうか……?
他の世界で、夫を亡くし孤独によって廃人となった私が死に始め、贈られてくる量が減り始めている。
以前感じた『出てくる人物』も『未来の人』かもしれないし『過去の人』かもしれない。
漠然とした恐怖が頭の中を支配していた。
ユキナという生きがいを持っている私を羨んで、ユキナを殺しに来るのではないだろうか……?
出てくるのはユキナを奪おうと嫉妬した私か?
ユキナはこの世界の私とアンドレアスの大切な宝物だ、他の世界の誰にも渡しやしない……!
気がつくと私は有り金をはたいて、手に入れられるだけの『武器』になりうるものを買っていた。
包丁、釘、ノコギリ、メス、ナイフ、ハンマー、薬剤、ガソリン――
『贈り物』から出てくる者を殺さなければ……。ユキナを――せっかく幸せに過ごしはじめた私たちの大切な宝物を守らなければ……!
きっとこの世界にしかいないユキナを狙っているに違いない、私がユキナを守らなければ……!
ユキナを……! ユキナを……!! ユキナ!!
◇ ◇ ◇
私は長年『贈り物』の気配を察知している。
だから、ユキナのところへ直接現れることはない。必ず私の傍からだ。
部屋の奥の扉から『贈り物』らしき黒い霧を通して黒い霧に包まれた様な人影がスッと現れる。
本能的に感じとった。
コイツは私とユキナを狙っていると!
私は人影が出てきた瞬間に相手を『向こうの世界』に突き飛ばした。
両手いっぱいに持ったメスを身体中に何本も突き刺し、床に置いてあったナイフで腹部を滅多刺しにし、ハンマーで頭を力一杯に殴りつけた。
今度はそのまま『別の世界』の部屋に叩きつけるように投げ入れ、何度もハンマーを頭に叩きつけて入念に殺した。
黒い人影が血まみれになって動かなくなると、私はユキナを守れたという得も言えぬ達成感に満たされた。
殺した死体にガソリンを撒いて火をつけ、別の世界の私の部屋ごと焼き払った。
これで確実にユキナを守れただろう……。
これを繰り返していけば、離れていてもユキナを守れる……。
こいつらはユキナを害する者たちなのだから……。
それから何度も何度も繰り返した。
幸せなユキナを守るために……。
ユキナがもっと幸せになるために……。
『私の世界』の部屋に入ってくる男の人影を何度だって殺し続けた。
『贈り物』が世界を『移動』してくるなら私だって『移動』出来てなんの問題があろうか。
殴り殺して風呂場で有害な薬剤で溶かした者もいれば、殺した跡に高温の電気カーペットを乗せてじわじわと溶かして処分した者もいた。
殴ったり刺し殺すだけではない。確実にトドメをささなければ。
――あれ、黒い人影なのになんで男だと分かっているのだろうか……。
わからない……。私は何を殺しているんだ……?
私は何を見ている……? 幻覚……? 実物……? それとも両方……?
ただ、私とユキナを狙う何かであるのは間違いない……はず……。
殺すのに疲れ果て、頭が混乱した私は外をフラフラと歩いていたら、走っていた車との衝突事故にあった。
即死だったそうだ。
こうして私の一生は呆気なく終わってしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます