【三十二歳】

 ユキナが七歳の誕生日を迎えた。


 そういえば昔「七つまでは神のうち」だと母に教えられていた。ユキナはようやく人の子になったのだ。


 私も自身の頼りなさを自覚しているから、私の代わりにユキナが年齢よりもさとい子供に育ちつつあることに気が付き始めていた。


 この子は自分とは違う。世界で唯一の存在であるが、何ら特別な力のないただの女の子だ。

 普通に育ち、普通に恋をし、ただただ普通の人生を歩んで欲しい。


 それだけが願いだった。


 せめて人となったこの子の七つのお祝いに、何か出来ることはないだろうか。


 深く考えた末、自らが母から貰い、結婚式で着た黒衣の振袖を取り出した。


 まだ布団の中で眠っているユキナを起こさぬよう、大きさの全く合わない振袖を慎重に着せると、思わず笑ってしまった。

 大人の身体にちょこんと出た子供の頭が、実に可愛く愛らしかったからだ。


「あなたのお父さんは今はどこかへ行ってしまっているけど、きっとあなたのことを愛している。大人になってもずっと忘れないで……」


 そう言い、振袖を脱がせて桐の箱に再びしまった。


 今度は自分がこの子に渡す時なのだろう。

 しかし、流石にまだ着る事が出来ない。

 それなら、この子に愛する人が出来た時か、二十歳の誕生日に贈る事にしよう。


 今の私がこの子に渡せる『贈り物』はこの黒衣の振袖だけだ。

 母が婚姻した時に着たものが私に贈られ、私が婚姻した時に着たものを、今度はユキナへ贈る時が来たのだ。

 贈り物を渡す役割を果たすためにも、とりあえずユキナが二十歳になるまで――あと十三年は生きてみよう。


 目を覚ましたユキナと、こしあんのどら焼きを食べた。

 私はつぶあんの方が好きだけど、ユキナはこしあんの方が好みらしい。しかし、二人で同じものを食べるという幸せは、好みなど関係なく幸せを感じた。


「おいしいね、おかあさん」

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