【二十五歳】

 私はうつ病を発症した。


 部屋は荒れたまま、まともな食事も摂らず、ただただぼうっと床を見つめる日々が続いた。


 私の贈り物は確実に悪いほうへ働き出した。

 今までは希望の拠り所であったが、アンドレアスの幻聴は聞こえず、幻視も見えなくなってしまった。

 それはどの世界でもアンドレアスがいなくなる運命だという証左しょうさだった。


『困った事があったら役所へ行きなさい』


 事件があった時に警察の方にも言われ、幼い頃に母がよく言っていた言葉をふと思い出した。


 市役所で相談するとすぐに支援が開始された。

 身重で手持ち金もなく、独り暮らしの――それも幻視幻聴が聞こえるなどと述べる人間を放置するほど市役所とは厳しいところではなかった。


 差し当たり出産を終える事を目標とし、その間に精神障害の認定に障害年金の申請、そして何より生活基盤を整えること。

 担当となった強面のベテラン男性職員は突然の重い案件に頭を抱えていたが、親身になって対応してくれた。


 しかし、私の贈り物のことを理解はしてくれているが、受け入れているわけではないため、アンドレアスのように好意を持つことはなかった。



 そして、ついにその子供は産まれた。



 少し痩せた女の子がか弱く産声をあげていた。


 子の名前は自らの名前に少し絡めて「ユキナ」と名付けた。


 本当は「有紀奈」としたかったけど、私は漢字を書くのが苦手だからカタカナにした。名付けの本を読んで決めた名前だ。「決まりや秩序を守る子になってほしい」という意味を込めている。


 私の黒髪に、アンドレアスの癖っ毛、二人の血を間違いなく受け継いだユキナは、私にとってかけがえのない存在となった。


 自分はもういい、せめてこの子だけでも幸せになって欲しい――。


 この頃から私は、自身よりもユキナのことを守り、最優先として生きる事とした。

 この子は私とアンドレアスが残した希望なのだから……。

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