【十二歳】

 幻視は確実に姿を現し始めた。

 私は母が見えたので声をかけると、それに母も反応を示すような素振りを見せるが、その母は突然フッと消えてしまう。


 せっかく幻聴に慣れてきたのに、姿まで見えてしまうのでは対応のしようがなかった。


 今まで何とか我慢していた父であったが、流石に気の違った娘を名家めいけである我が家に置けぬと言い、高齢で独り暮らしの遠縁とおえん分家ぶんけへ養子に送られることになった。


 母は最後まで反対したが、その抵抗もむなしく父や近しい親族の決定には逆らえなかった。


 せめてもの餞別せんべつとして、母自身が結婚式で着たという赤い花が咲き誇る黒衣こくい振袖ふりそでを持たせることにしてくれた。


 いずれ私のことを理解し、一生涯守ってくれる人が現れることを願っての『贈り物』だった。

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