アミダさまのしめす先

かいまさや

第1話

 あの日、妄りにその言葉を口にした君は、だらしなさにかまけることもなく、苦しみすらも気にかけず、じっとその先にあるはずの結末を指さしている。


 あゝぼくもマトモにつき合うこともなかったのにな。未来だって見すえていられぬ未熟なぼくたちに、だって如何にして守れたか。空をきるだけのぼくの憤りさえ、時間の彼方まで遠く遠く…。



 地にひろがる水田から緑々しい稲穂が盛って、ぼくらをずっと先の方まで誘なうように揺らいでいる。その間をはしる背のひくい枯れ草をかいた小径の辺りには、細く流れる水路と、遥か上の空にはった架線が、地平にたつ鉄塔の方まで悠々とつゞいている。


 その路の上、君が愉快そうに振れると制服のスカートがひらり靡いて、雨蛙たちは一斉に喝采する。ぼくはそれを誇らしげに感じるが、しかしのちにおとずれる喪失に不安感が募って仕方がなくなる。


 君があの地平の先まで指さし、みつめて、歩みはじめると、ぼくは背ろから君の手をとっていた。


 君は顔に無邪気な笑みをつけたまま、こちらを振りかえって首を傾げる。ぼくは何も答えることすらできずに、ただ君の手を力なくにぎって離さなかった。すると君は香りだけをのこして、静かにぼくの隣にたってくれる。そして、ゆっくりとぼくの俯き顔にうなずきかける。


 ぼくは君のあたたかな握力を感じとる。すると僕の唇は急に力んで、目の奥に痛みすら覚えるような弱々しい気持ちが込みあげてくる。


「ねえ、あれであみだくじしてみよっか」


 君はなんの前触れもなくそんなことを言い放つと、ぼくが顔を上げるのを待ってから、あの遠くに並走する架線柱の方を指す。ぼくは赤こけた目元を隠すように手で拭ってから、いま一度それを君と眺める。


 君とぼく、お互いに隣りあった線をひとつ選んで、それぞれを指で辿ってみる。碍子と地線の交わって、そしてまた少し離れて、また近づいて…。


 徒然とのびてゆく架空地線が、あの群青に映えた入道雲にささって、そのうちに姿を消してしまうように不鮮明な、ぼくたちの行方。


 ぼくは君の線ばかりが気になって、終には自分の線を見失ってしまった。ぼくがそこで立ち止まっても、それにも気づかぬように夢中で線をなぞる君。しぜんと繋いだ手もはなれて、君の体温をも見失う。


「ぼく、もう帰るね」


 陽の傾きかけた空の朱のかかった色彩になった頃、君は小さく別れの手振りをみせて、その路の先へと歩みはじめた。


 ぼくは身体を翻して、一度も背ろを振りむくこともなく駆けだした。こめかみからつたった涙だけを、とりのこして。

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