墓前にて



 それからは、ちょっと距離の近い兄妹として、残りのアトラクションを楽しんでから、父母と合流し帰宅した。お土産はカモメのキーホルダーと動物の絵柄を象ったクッキー、それから……プリズムを三つ。


 帰りの車内ではちゃんと会話があった。それは兄とわたしの間でもそうだし、両親との間でも。他愛のない話をしながら、時間が過ぎていった。家まで三十分くらいしか無いその時間の中で、兄は笑顔を幾度も零した。その横顔を盗み見て、わたしも破顔する。


 家まであと五分というところで、思い切って兄の右手を取って握った。遊園地に向かう時の車内では握り返してくれなかったけれど、今度はちゃんと、左手のひらに確かな温度があった。繋がれた手のひらには、空疎で冷たい翳を撥ねかえす心地よさが存在していた。




 兄は、日曜日になっても早々に帰ることなく家にいた。


 久々に家族四人が揃っている状況でしたことは、休日の小規模な大掃除だった。午前十時に始まって二時間ほど、昼食までの間各自で役割分担をして掃除に取り掛かった。わたしは階段で、兄は二階の窓拭き。洗剤を共用していたから、受け渡しの際に少しだけ無駄話をして過ごした。そんな些細な時間が、わたしにとっては幸福だった。兄も笑顔で話してくれていたから、余計に。


 昼食は、兄の好きなミートソースパスタ。初めは母が作ると言っていたが、わたしが兄に振舞いたいということもあり、わたしが調理担当に代わった。調理は簡単なものだったけれど、ひとつ手間をかけようと、小さなミートボールをたくさん作ってパスタソースと一緒に煮込んで作った。喜ぶ兄の顔が見られて満足だ。




 その後は、兄と二人でショッピングモールに行くことにした。


 家を出る間際、母から「アンタら仲良いわね」と声を掛けられた。そこには言外に『その年でも』という意味が込められている気がしてならなかったけれど、兄が隣に居ても良いと言ってくれたから、わたしは胸を張って「うん」と答えた。


 だからと言って、この恋が世間的に許されるわけじゃない。それでも、兄は兄なりに応援してくれているのだ。償いなんて、わたしは求めていないけれど——それでも、隣にいていいのなら喜んで現状を受け入れる。たとえ、両親に何を言われても。


 ショッピングモールに着いてからは、前に来た時、どんな出来事やどんな言動にわたしがドキドキしていたかを話した。それは兄に許されたこの恋を実らせるための些細な反抗の意味もあったけれど、それは兄の意識を変えなければあり得ないことだから——それよりも、前に来た時の兄妹としての思い出を、片思いの女の子として意中の人と過ごした時間に上書きしたかったのだ。


「そんなに好きだったんだな、俺のこと」


 兄は少しだけ困ったようにそう言った。


「そうだよ。まだまだ伝えきれてないくらい」


 わたしは臆面もなくそう返す。


 この尽きぬ想いを、甘美で衒いなきこの想いを、少しでも多く伝えるため。




 その後は、駅前のロータリーから家路を逸れ、電車に揺られた。


 目的地はもちろん、エリカさんの墓地。


 移動中、わたしたちの間に会話は無かった。けれど、まるでそう在ることが必然的なように、気まずさは一切なく。兄には兄の、わたしにはわたしの、胸中に渦巻く思いを整理する時間にも思えた。


 トンネルに差し掛かった時、躊躇いながらも兄の手を取った。大丈夫だよ、という気持ちを込めて。すると、間をおいて握り返される感触が、わたしの手のひらに伝わってきた。まるで以心伝心がそこにあったようで、わたしの心は浮き立つ。言葉にしなくても伝えられることがあるのだ。わたしたち兄妹になら。


 電車を降り、歩き始める。墓地までの道中でスーパーに立ち寄り、佛花と線香を買う。陽気な店内BGMがやけに耳障りだったけれど、兄は気にしていない様子だった。それくらい墓参りに来ているのだろうと思わされた。わたしなんて三度くらいしか訪れていないのに。


 砂利道を進んで、段々になっている墓地を登っていく。エリカさんの墓地の前でわたしたちはしゃがみ込んで、佛花を切り揃え、線香に火を点ける。

 整然と切り揃えられた佛花が黒の背景に浮かぶ様子を傍目に、線香皿から放出される灰色の微粒子群の行方を追っていると、兄が独り口を開いた。


「ごめんよ、エリカ。俺は——俺たちは、ちゃんと前を向くよ」


 その双眸には、微かな光が宿っていた。風が吹けば消えてしまいそうな光だから、わたしはそれを無性に守りたいと思った。誰かが守るのではなくて……高望みだと分かってはいるけれど、わたしが守りたかった。兄の隣に立つ女性は、自分だけが良かったから。


 ——いや、違う。エリカさんなら、兄の隣を任せても良いと、わたしは思っていたんだ。その気持ちに嘘はない。だからせめて、もういないあの人の代わりにはなれないけれど、兄妹として——そして密かに慕う異性として、いつか埋まってしまうだろう席を温めていたいと、そう思った。


「じゃあ——」


 わたしは一つ、トートバッグからプリズムを取り出して、線香皿の隣に置いた。


 陽光を取り込み、反射し、それは光っていた。


 眩しい、眩しい虹色に。



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In Lust 春斗瀬 @haruse_4090

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