妹の中に僕は住む④

「言ったら行かないでいいの?行きたくないって言ってもどうせ意味ないでしょ」

 私を乗っ取っている誰かは、お母さんに対してそう言っていた。

 凄い、私なら絶対に言えない。私は毎日、学校に行きたくないと独り言のように呟くことしか出来なかったのに。

 

 乗っ取り犯さんはお母さんの作った朝食を素早く食べると、壊されて持ち手が外れた学生鞄を右脇に抱えて、散々水に濡らされて靴底が剥がれかけた学生靴を履き中学校に向かった。

 ああ、今日もこれから苛められるんだ。でも、今の私は乗っ取り犯さんに体を奪われているから痛みは感じないかもしれない。そうだったらいいな。

 そんな希望を胸に抱きながら、私は自分の体を通して学校へ向かって通る道の風景を見ていた。

 同じように道を歩き登校する生徒たちの視線が、私に注がれる。いつもなら俯いて早足でその場を去るが、乗っ取り犯さんは堂々と歩いていた。私も不思議な感覚になった。自分の意志で歩いている時は、悔しくて皆の視線が嫌だったのに、今はそうは思わない。寧ろ生徒たちの表情を一つ一つ観察してしまう。

 哀れみ、興味、嘲り、怯え…見れば見るほど色々な感情を含んだ表情がある。皆、私をこんな表情で見ていたんだ。


 学校に着くと、乗っ取り犯さんは私の下駄箱の場所へと向かった。通学路でもそうだったけど、迷っている素振りが一切ない。見慣れているかのように当たり前に歩いていた。もしかしたら、乗っ取り犯さんは私の知っている人なのかもしれない。


――――――――――――――――――――――――


 二年四組三十三番 六尾 未明子ろくお みあこ、運動神経は普通、成績は中の上。それが私の中学校での肩書だ。部活動は書道部所属。それなりにいい成績を出していた。

 そう、私の生活は理想通りだった。人に優しく、優秀で、友達も多い理想の人物。楽しい中学校生活が送れるはずだった。

 でも、理想の生活を送れていたのは一年生までだった。二年生になってから突然始まった私への苛め。

 理由なんて知らない。いや、ない・・と言っていた。強いて言うならば、私のことが嫌いだからとのこと。誰にでも愛想を振りまく、八方美人の私が大嫌いだからだと。

 八方美人として振る舞った覚えなどない。人に優しくはお母さんの口癖だったし、私もそうすることが正しいと思っていた。だから、その通りに行動していただけなのに。

 私の行動は間違っていたのだろうか。だから周りを苛つかせてしまったのだろうか。私が今苛められているのは、全て私自身の行いの所為だった?

 そうだったなら、お母さんが私を助けてくれない理由も分かる。愚かな娘に絶望しているのだろう。

 ああ…全てが分かっていた。分かっていたのに、理解しようとしていなかっただけなんだ。悪いのは私。今さら気がつくなんて。

 乗っ取り犯さんも可哀想に。何もしていないのに私の体にいる所為でこれから苛められてしまうなんて。早く私の体から出ていって。そうしたら、全て解決する。私だけが罰を受ければいいんだから。


「違う。君は悪くない。悪いのは全部奴らだよ」

 

 その時、私がそう呟いた。いや、正確には私の体を乗っ取っている誰かが、そう呟いたのだ。

 どうして私を慰めるようなことを言うのだろう。何を知っているというのだろう。

 違和感が私を襲う。気持ち悪いとまでは行かないけれど、私を知っている誰かが私を乗っ取っている。

 貴方は誰なの?何が目的なの。

 不安は消えない。このまま体を返してもらえなかったら?そんな不安がつきまとう。

 でも何故だろう。先程の言葉は少し温かくて嬉しい気持ちになったのだ。

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