妹の中に僕は住む③

 妹の体を乗っ取った。妹になった。これで妹の仇が討てる。妹を救える。

 僕は夢から覚めて喜びに震えた。やっと自分の意志で動けるようになるのだ。傍観者でいなくて済むようになる。妹も目覚めている。僕の所為で自由には動けないようだけど。

 何にせよ、まずは身支度をしなくては。奴らを懲らしめるためのね。


 僕が妹になってから最初の朝が来た。今、僕は妹の体を借りている。悪く言えば乗っ取っている。

 でも、不思議だ。何の抵抗もない。妹は僕が兄だとは知らないし、ヒト・・に乗っ取られているとは夢にも思わないだろうから、急に体が動かせなくなって、怖い思いをしているはずなのに。

 兎に角、苛めっ子たちを懲らしめれば僕も妹に体を返せる。僕の役目はそこで終わり。それでいいんだ。


――――――――――――――――――――――――


 妹の体だから丁寧に扱わなくてはと、僕はいつもよりも丁寧に顔を洗った。

 鏡に向き合うと、そこに映ったのは荒れた肌の美少女。目の周りが赤くなり乾燥していた。昨日の夜も泣いていたからかな。でも、もう大丈夫。僕がどうにかするからね。

 直ぐに元の状態には戻せないので化粧水と保湿クリームを念入りに塗り、肌のケアをした。

 髪の毛を結おうとしたけど、知っている通り妹の髪は長さが不揃い。毛先も切れ味のよくないハサミで切られたからか傷んでいる。僕はなるべく普通に見えるように髪留めで短い毛を留めた。

 髪を結び、顔を洗い、保湿した姿は、苛められてぼろぼろになっていても美しかった。だからこそまた苛められるのだろう。その美しさを妬む奴らによって。

 勉強机の上に無造作な形で置かれている制服には皺が寄っていた。ところどころ擦り切れているし、裾上げされたスカートも解れてきている。

 これも全部、奴らがやった。僕の大切な妹を苛めたんだ。

 

 身支度を進めるたびに怒りを覚えながら、何とか終わらせると僕は居間に向かった。時刻は七時半。母さんが朝食を作っているころだろう。


 「おはよう、未明子みあこ。朝食は出来ているわ。早く食べて学校に行きなさい」


 朝食を作りながら僕に声を掛ける母さん。優しそうな雰囲気だけど、僕にはこの言葉が冷たく聞こえた。

 妹がこんな姿をしているのに苛めに気がついていないわけがない。屋上から飛び降りたことも知っているはずなのに…まるであの時のことをなかったことにして振る舞ってるみたいだ。


「おはよう、お母さん。うん、急いで食べて学校に行くよ」


 僕は明るい声を作って母さんの言葉に答える。母さんは驚いたのか、家事の手を止め僕の方を見た。


「今日は…行きたくないって言わないのね」


 聞こえるか聞こえないかほどの小さな声で呟いた母さんの言葉を僕は聞き逃さなかった。そして、つい言い返してしまったのだ。


「言ったら行かないでいいの?行きたくないって言ってもどうせ意味ないでしょ」


 いつも妹が行きたくないと言っても聞いてくれなかったくせに。分かっているのに逃げているのを見ると凄く腹立たしい。母さんは妹のSOSを握り潰していたんだ。それが故意ではなくても、僕は許せなかった。


「えっと、なんだかいつもと違うわね未明子。でも、言い返せるくらい元気なら学校にも行けるわね」


 母さんは僕の言葉に一瞬動揺したようだったが、すぐにそう言って家事に戻った。僕はそれが少し悔しかったが、それよりもやることがあったので早く学校に向かうことにした。

 その為にも、取り敢えず朝食を食べよう。傍観者の母さんも一応は用意していてくれているようだから。

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