妹の中に僕は住む⑤

「違う。君は悪くない。悪いのは全部奴らだよ」


 僕は妹の下駄箱を前にして小さな声で呟いた。

 妹はどうやら苛めの原因が自分にあると思っているようだ。そんな訳ないのに。全部、奴らが悪いんだ。妹が気に病む必要はない。そんな考えに至ってしまうほど、君は病んでしまったんだね。 

 大丈夫、それももうすぐ終わる。僕が奴らを懲らしめたら、もう妹は苛められなくなる。


 僕は気を取り直して、内履きに履き替える為に妹の下駄箱を開けた。途端、足元に散らばる無数の何か。

 僕は素早く後ろに下がる。足元に視線を向けると、そこにあったのは画鋲だった。

 分かっていた。毎日下駄箱を開けた後、妹は画鋲で怪我をしていたからだ。酷い。

 僕は下駄箱の中を覗いた。確か、画鋲だけでなく内履きが濡らされていたはず。

 予想通り妹の内履きは水が滴るほど濡らされていた。これでは履けない。妹は履いていたが、履いてしまえば奴らに屈したことになってしまうと僕は思う。

 なので、取り敢えず下駄箱を閉め、外履きを隅に置き職員室へ向かうことにした。来賓用のスリッパがあるだろう。貸してもらおう。

 まずは遠回しに奴らへ反抗の意思を示す。奴らは妹が反抗するのを気に食わないようだから、直接苛めにやってくるだろう。そこを潰す。それで終わりだ。


――――――――――――――――――――――――


 職員室でスリッパを借りることは出来た。教師たちは妹がスリッパを借りに来たことに驚いていたが、気にしない。奴らも傍観者だが、子供である妹の姿では復讐しようもない。と言うか、妹の姿じゃなくても難しいだろう。兎に角、苛めっ子を打ち倒し、妹が普通の日常を取り戻せたらそれでいいんだ。

 教室に向かう僕の足取りはとても軽かった。今から、奴らを叩き潰せる。それだけで幸せな気持ちになるのだ。


 僕が教室に着くと扉は既に開いていた。中では男女混合で生徒たちが賑やかに会話している。その中心にいるのは…妹を苛めていた奴の一人。確か、河本かわもととか言ったか。

 何も知らないで楽しそうに喋っている。河本は妹の髪の毛を切り刻んだ奴だ。許せない。仕返しは…まぁ、同じことをしてやればいいだろう。

 僕は一先ず、いつも通り教室に入ると、妹の席に向かった。と、そこで机の上に鞄を置こうとして手を止めた。やはり、いつものように落書きされている。

 背後からは河本たちの笑い声がした。腹が立つ。でも、まだだ。先に机の上を綺麗にしないと。幾らぼろぼろとはいえ妹の鞄を床に置く気にはなれない。

 僕は鞄を片手で抱え、教室の後ろに置かれている雑巾を取りに向かった。

 雑巾を手に取り廊下に出ようとしたその時、後ろから襟元を引っ張られた。後ろに崩れる体勢を何とか立て直し、僕は振り向く。やっぱり、河本たちだ。厭らしい笑みを浮かべて僕の反応を見ている。いつもの妹と違い、無反応だから不満なんだろう。

 何でも思い通りになると思ったら大間違いなんだよ。

 仕方がない、計画を変更しよう。やはり、先に懲らしめておいたほうがいい。机を拭くのはその後だ。

 鞄の中に手を入れると、武器が手に触れる。僕の武器だ。奴らに復讐するための。妹に奴らが使った武器の一つ。

 僕はこちらを見て笑っている河本に向かって歩き出した。まだ、鞄から手は出さない。河本たちは近づく僕に危機感を覚えることもなく笑い転げている。そうしていられるのも今のうちだ。妹にしたことを、そっくりそのまま返してやる。後悔させてやるからな。

 やがて僕は河本の目の前まで辿り着いた。心臓が五月蝿い。鞄の中で武器を持つ手が震える。後は振り上げるだけだ。勇気を出せ。

 そして、僕は武器を持つ手を振り上げようと力を込めた。その時だった。


『やめてよっ!そんなことやめてっ!』


 妹が僕を止めた。

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