タイムウォーズ-運命の交錯-

夏坂ナナシ

第1話 堕天使が降りる


こんなはずじゃなかった。


私たちの発明は、未来を照らす光になると信じていた。歴史を学び、過ちを正し、より良い世界を築くための力だと。フリーマン博士も、その可能性に命を懸けていた。



だが、結果は真逆だった。私たちは未来を救うどころか、過去を壊し、現在を焼き尽くした。タイムマシーンは、人類史上最悪の殺戮兵器となった。



フリーマン博士の『新タイムトラベル理論』により、私と各国の研究者で2034年に完成させた。しかし、その技術は、各国が「善意」の名のもとで争いを始めるきっかけとなり、今では「タイム戦争」と呼ばれる破滅をもたらしている。未来人も過去人も、そして現代の私たちも、この地球を戦場に変えた張本人だ。



すべてが崩れ始めた時、私は気づいた。私たちは、無意識のうちに人類を滅ぼす道を選んでいたのだと。戦争は、無限に繰り返され、終わることなく拡大している。私たちの「善意」は、何の意味も持たなかった。



私は、亡くなったすべての人々に謝罪をしたい。どれだけ謝っても償えない罪があることは分かっている。だが、私に残された唯一の責務は、自らの命を捧げることで、この愚かな戦争に終止符を打つことだと信じている。



今なら、オッペンハイマーやアインシュタインの気持ちも分かる。私たちと同じように深い後悔と苦しみを抱えていたのだろう。



この手紙を読むあなたが、どこの時代から来た人であろうと、どうか伝えてほしい。この技術は人類には早すぎたと。そして、これ以上の犠牲を生まないために、この技術を封印してほしい。



2045年11月24日


三山産業総合研究所 所長


紅林 進













2055年、東京は戦場と化していた。


目を覆うほどの瓦礫、煙が立ち上る街並み、そして空を切り裂くような無数のビーム。


未来人と過去人が入り乱れた「タイム間戦争」の舞台。


それがかつて世界の技術と文化の中心だったこの街の、いまの姿だった。



「ライト! 逃げろ!」



工藤ライトは耳元で叫ぶ声に反応し、咄嗟に伏せた。


次の瞬間、地面が爆発音とともにえぐれ、土煙が舞い上がる。


欧米を中心とした新興国家、自由合衆帝国の無人機が低空を滑るように飛び去っていくのが見えた。



「クソが。こんなとこで死ねるかよ……」



息を切らしながら立ち上がるライトの目の前に広がるのは、炎と死体の山。


ついさっきまで笑い声の響いていた難民キャンプは、帝国軍の無差別爆撃によって跡形もなく消え失せていた。














2045年に始まったタイム間戦争。


その始まりは、実に些細なことであった。



2029年、タイムトラベル研究の第一人者であるジョルバ・フリーマン氏が提唱した「新タイムトラベル理論」は、従来のタイムトラベルの概念を覆す画期的な理論であった。


最初は実現不可能だと言われていたが、フリーマン氏が亡き後、その思想を受け継いだ紅林進博士と同じ志を持つ多国籍の研究者たちが集まり、実用化に向けた研究を続けた。



そして、2034年、遂に世界初のタイムマシーンが完成した。


その瞬間、世界中の注目を集め、期待と興奮に包まれた。


当初、タイムトラベル技術は平和の象徴とされ、特に国家間の分断が進み、第二次世界大戦以降、世界各地で戦争が絶えなかった時代において、その発明は一種の希望を象徴していた。



紅林博士たちは、この技術によって人類は新たな未来を切り開けると信じ、社会的責任を果たした後、自らの役目を終えたと思い、そのまま引退した。



しかし、問題はそれからであった。


タイムマシーンの運用研究は、各国の研究機関や資金力のあるグローバル企業に委任され、何度かタイムトラベルの調査が行われた。最初のうちは、慎重に行動していたが、次第に調査員たちは経験を積み、慣れていった。



そして2042年、21回目の調査の際、事件が起きた。


調査員の一人が、過去の世界に現代のチョコレートを置いてきてしまったのだ。


最初はちょっとしたミスだと誰もが思ったが、その影響は予想以上に大きかった。調査員本人も、後になってそのミスを悔いたが、その時は無意識だったのだろう。



調査員たちが無事現代に戻ると、驚くべきことが起きていた。


世界の状況が、彼らが出発したときとは大きく変わっていたのだ。


チョコレートが過去に残されたことで、ある少年の命が救われた。


その少年は、栄養失調の中で奇跡的にチョコレートを手に入れ、それを食べて生き延びた。そして、その子孫が現在の巨大財閥を作り上げていた。



その事実を調査員たちは速やかに報告した。


そして、タイムトラベルの危険性を提唱し、タイムマシーンの破棄を進めようとした。


彼らは過去に介入することがどれほどのリスクを伴うか、深刻に警鐘を鳴らしていた。


紅林博士たちも、この意見にすぐに賛同。彼らは、技術がもたらす予期せぬ影響を痛感し、直ちにその使用を停止すべきだと考えた。



しかし、彼ら以外の関係者は違った。


それは、タイムトラベル技術の運用を委任されていた各国政府やグローバル企業の面々だった。


彼らは、この技術を活用することで、過去に介入し、自分たちにとって都合の良い歴史にしてしまえば、計り知れない利益を得られるのではないかと考え始めた。



歴史の改変が可能ならば、戦争の結果を操作し、経済を支配し、さらには政治の動向を変えることすらできると気づいたのだ。これこそが、彼らにとっての夢のような道具となった。彼らはタイムマシーンを「道具」として利用し、ただの技術革新を超えて、自らの力を拡大する手段として捉え始めた。



そしてまず、あの国が500年前に戻り、敵国の中心都市で毒ガスを噴射する実験を行った。


その結果、現代において数万人が命を落とすこととなった。



これがタイム間戦争の引き金となった。過去の歴史を改変することで、現代に直接的な影響を与える力を手にした国々は、次々と過去の出来事に介入し始めた。戦争は、瞬く間に現在と過去で同時進行していった。



その後、各国は自国のグローバル企業と手を組み、タイムトラベル技術を巡る争いが激化した。研究者を囲い込み、製造された限りのあるタイムマシーンの確保を進め、そして自国を守るための新たな技術を開発した。



その代表的な技術が、「UUUシールド」だ。


このシールドは、過去から現在への影響を遮断し、時間の歪みを防ぐことができるものだった。各国はこのシールドを使って、自国を防御し、タイムトラベルによる介入を防ぐために必死になった。



しかし、実際に過去に戻って戦うことが一般化されるようになったことで、戦争は一層激化した。各国はライバル企業や敵国を蹴落とし、過去の出来事を巧妙に操作することで、自国の利益を得ようとした。



過去で起きた事件が現代に反映され、シールドを持たない弱小国家の構造が変わり、経済的な支配が加速していく中で、世界はかつてないほどの混乱を迎えていった。



そして、時を同じくして、2500年の未来人たちがタイムスリップしてきた。


彼らは、覇権国家となった国々と手を組み、戦争はさらに激化した。



未来人たちが語ったところによれば、2500年の地球はもはや住むことができない状況にあるという。


それは、長年の戦争とタイムトラベルによる歴史改変が引き金となり、地球環境が深刻に汚染され、もはや人類が住める場所ではなくなったからだという。



彼らは、タイム戦争を止めに来たと主張していたが、その実態は違っていた。


未来人たちも、自国が有利になるように動くことに腐心し、戦争の終結を本当に望んでいたわけではなかった。むしろ、彼らにとっては、自らの未来に利益をもたらすように過去を操ることが最優先事項であり、戦争の混乱を利用してその目的を達成しようとしていたのだ。



そのため、未来人たちは「平和」を口にしながらも、裏では戦争を煽り、タイムトラベル技術を巧妙に利用して自国の立場を強化しようとしていた。


地球の未来を救うという名目で現れた彼らの真の目的は、今後の支配権を握るために過去を操作し、タイム戦争の終結を決して迎えさせないことだった。













ライトの両親は、タイム戦争の余波で失われた。


難民キャンプの仲間たちと支え合いながら生き延びてきたが、今や全て消えた。


孤独が胸を締めつける。



「何で俺だけ生き残ったんだよ……」



それでも足を止めることはできない。止まれば、次は自分の番だ。


しかし、もう周りには帝国軍人が集まっていた。



近年のミリタリー装備を身にまとい、頭には中世ヨーロッパの軍人の服装をした者たちが周囲に立っている。そうか、こいつら第八師団か。



その中でも、ひときわ異様な存在が現れた。



「そこの少年よ、ちょっと聞きたい」



顔を上げると、ベートーヴェンのようなカツラをかぶり、太った醜い男が一歩前に出てきた。彼の存在感はまるで、重い鎧のように周囲に圧をかける。



「吾輩はジャン大佐である。少年よ、そこの難民キャンプの生き残りのはずだが、未来人を見なかったか?」



相手の言葉は聴覚では理解できたが、まるで難しいパズルのようで、どうしても頭がついていかない。今はただ、難民キャンプのみんなが殺されたという事実が、胸に重くのしかかるだけだった。



「おい!」



無視されたと思ったのか、ジャン大佐は足音を響かせて近づいてきた。まるで獲物を仕留めるように、俺に向かって一気に歩み寄る。



その瞬間、ジャン大佐は足を上げ、俺の腹に強烈な蹴りを入れた。



「この黄色人種のサルめ。言葉が通じないのか、未来人の女を見なかったかと聞いてるんだ」



その蹴りは、まるで生きるか死ぬかを経験した、戦士のような一撃のようだった。見た目の不恰好さとは裏腹に、異常に重く、鋭かった。



「うぅ……」



俺は声も出せず、蹴られた衝撃で体が地面に沈み込むように倒れた。痛みが全身を駆け巡り、まるで骨が砕けるような感覚を覚えた。スポーツの痛みとはまったく違う、明確な殺意を感じさせる一撃だった。



うずくまっている俺に、ジャン大佐は呆れたように顔を歪め、冷たく言い放った。



「こいつ、もういいや、やれ」



その言葉が発せられた瞬間、周りの軍人たちが一斉にFTTビームライフルを構えた。


最新型の兵器、まるで空間を引き裂くような圧倒的な威力を秘めている。今、俺はその銃口に狙いを定められた。



やばい、死ぬ。



「打て!」



ジャン大佐が冷酷に叫んだ瞬間、目の前が真っ白になった。まるで光そのものに包み込まれたような感覚。



俺、死んだのか?



一瞬、すべてが止まったような感覚に陥る。だが、すぐにその白い光がゆっくりと収束し、周囲が見え始めた。



そして、目の前に異様な二人が現れた。



「ったくよ、ハルは無茶をする」



「でもウォンのおかげでこの子は助かった」



その声を聞き、体の震えが少し収まった。目の前にいるのは、まるで異世界から来たかのような二人の人物だった。



一人は、僧侶姿の若い男。肩から杖を持ち、穏やかな雰囲気の中にもどこか冷徹さが滲んでいた。だが、もう一人が目を引いた。



彼女は、全身を真っ白なアーマーで包んでいた。その装備は、ただ美しいというだけでは言い表せない、何か未来から来たかのような輝きがあった。金髪をポニーテールにまとめたその少女は、まるで光そのものでできているかのようだった。



その美しさに、俺はしばらく息を呑んで見とれてしまった。何て美人なんだろう。 完全に状況を忘れて、目の前の戦争の現実すらも一瞬忘れてしまった自分が、恥ずかしいくらいだ。



その少女は、俺の視線を感じ取ったのか、少し微笑んだ。その笑顔は、まるで死を乗り越えた者にしか見せられないような、深い意味を持つ微笑みだった。



「おまえ!!!! ハルだな! 殺せ!!」



ジャン大佐の目が見開かれ、興奮の表情が浮かび上がった。彼は全身を震わせながら、周りの軍人たちに指示を飛ばす。その声には、怒りと狂気が渦巻いていた。



「ドゥン! ドゥン! ドゥン!」



FTTビームライフルの銃口が一斉に火を吹く。白熱する光が、空気を引き裂き、銃弾が爆音を響かせながら飛び交う。



しかしその瞬間、ウォンと呼ばれた僧侶姿の男から、円形の白いオーラが現れた。それはまるで時空を超えるような、圧倒的な力を放っていた。そのオーラが俺とハルを包み込む。



「ドゥン! ドゥン! ドゥン!」



銃弾が直撃するが、まったく効かない。光の波動が、まるで銃弾を無力化するかのように空間を弾き返す。ビームが我々に触れることなく、まるで幻のように消えていった。



その瞬間、ハルは静かに俺に近づき、目線を合わせる。彼女の顔はほんの数センチまで近づき、息を感じるほどだった。



「やっと見つけた。私の人」



その言葉が、まるで時間が止まるかのように響いた。


ハルの言葉が耳の奥でこだまする。彼女の声は、優しく、しかし確かな決意を感じさせるものだった。まるで全ての出来事が、彼女のために進んできたかのような気がした。



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