第2話 リリィ・タッカーは語る

 弁護士と探偵と第一容疑者が還って来たところで、監察医とその見習いも出てきた。リリィと八月朔日夜桜よざくら監察医だ。電子パイポをぴこぴこ言わせている八月朔日は、弁護士の妹である。双子の。揃ってこんな稼業に就いた理由は知らない。別に知らなくてもいい。


「死因は脳出血。脳を弾丸が突き抜けて行っての出血死。変なのは弾傷。左からこう、斜めに脳を下から突き上げる感じだった。死亡推定時刻は朝六時ごろ」

「ふむ」


 少年はまだ母親より背が低い。銃を当てればそうもなるだろう。再び刑事たちにじっと見られた少年は泣きそうだった。だが泣いても事件は解決しない。それを俺は嫌というほど知っている。主にアーサーとリリィによって。

 出血の少なさも傷が浅かったからだと考えれば、説明がつく。あとは彼女のマンションの防犯カメラが頼りだったが、残念そちらは設置されていなかった。学生用なので偽物が取り付けられていただけ。まったく当てにならないものだ、ああいうのも。


「君が犯人でないことはわかっているよ、少年」


 アーサーはやんわりとなだめるように言う。


「君みたいな子供が銃の扱い方や入手経路を知ることなんて出来ないだろうからね。ハワイで親父に教わる名探偵もいるが、そんなのは少数だ。君のパスポートは雌雄額旅行先のオーストラリア以外無いようだしね。ミス・オーガスト、さっき科捜研に電話で放した件はどうなっているかな?」

「だから姉と被るからその呼び方やめろって言ってんでしょうが。今ちょうどSNSで返事が来たよ。両手ともに硝煙反応あり」


 ざわ、と刑事たちがにわかに騒ぎ出す。


「つまりこーゆーことだよ諏佐ちん。息子の反抗期につかれたキャリアウーマンは手に入れた拳銃で頭を撃った。左手と右手両手を使って、自分の左側頭部に当てて。でも頭蓋骨は丸いから、滑って斜めに飛んでしまった。左を打ったから右手は動いたんだろうね、それで銃を左手に寄せた。右利きの人間が左手で自殺するのはおかしい。息子に嫌疑が行くようにしたのか、その辺を調べるのは警察の仕事だよ。んじゃアーサー、行こうか」


「ま、――待てよおい!」


 声を掛けて行ったのは息子の方で。


「お、おふくろが俺を殺人犯にしたがったって言うのか? 実の息子を人殺しに仕立て上げたがったって言うのか? そんなのありえないだろ!?」

「ありえないって言いきれるの? 君」

「なっ」

「本来容疑者の圏外に置いてもいいはずの未成年君がどうして監視されてたのか、理由はこれだよ」


 リリィはばさっと彼の前に複数枚の写真を出した。

 どれも息子氏が女性とホテルに入る写真だった。


「パパ活ならぬママ活とでも言うのかね。この中の数人が妊娠を訴えて君の母親に脅迫的な電話をかけている。それも撮っておいていたみたいだね。君に失望して絶望して、君のお母さんはせめて君の将来を道連れに命を絶ったんだよ。実に簡単なことじゃないか」


 呆然としている三木弁護士は、携帯端末を握りしめている。おそらくは上司の葉桜弁護士に顛末を聞かせているのだろう。しょうもない話の、結末を。


「う、うわああああ!!」


 息子氏は写真をかき集めてびりびりに破くが、メモリーはすでにこの手の中だ。意味はない。法的に彼は無罪だ。だが一生背負い続けるだろう。母親を殺した咎を。

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