凍える雨
裃左右
凍える雨
「僕は故郷に帰ろうと思う」
僕は、分かれ道にようやく仲間たちに切り出した。
最も古い中では、キャラバン隊で10年を共にした仲間たちだ。
「……本気なのかよ」
仲間の中でも若手の剣士が僕に詰め寄る。
「ああ、このままだと故郷は滅びる」
「困窮しているのはお前の国の人間だけじゃないっ!」
「……わかっている」
「お前は自国の人間だけが……結局は自分の家族だけが幸せなら、誰が犠牲になってもいいって言うのか?」
僕たちの運営するキャラバン隊は民衆の希望だ。
民衆から略奪を繰り返す盗賊や騎士たち。
彼らを是正する力は民にはなく、また奪われたモノを取り返すことも出来ない。
僕らのように国籍を問わず護り、時に物資を配給し復興を支援するキャラバンは他にない。
しかし、それらを成すのは綺麗ごとだけじゃすまない。
人々を救うには、まずどこかで利益を出し続けなければならない。
民衆を虐げる特権階級たちに付け込まれる隙を作らず、無法者を退け続けながら。
決して、誰にも憎まれずに出来ることじゃない。
それでも僕にとって何に代えても成し遂げたいものである。
――そのはずだった。
「誰かの幸せが、何かを犠牲にしてることくらいわかってるさ!」
「だったら……」
「それでもだ、僕が行ったからって何もできないかもしれない。 何の意味がないかも知れない、それでも見知った人間を見捨てるなんて出来るわけないだろう?」
「見知った人間ね……アンタはここにいるみんなが必要としてるんだぞ。 誰にも代わりに何てならないほどにな」
僕は言葉に詰まった。
近隣諸国の人々だけでなく、ここにいる人間を見捨てるのかとそう言われたからだ。
何も言い返せずにいる僕の肩を、隊長が叩いた。
「それくらいにしておけ。 コイツがもし故郷を見捨てるような人間なら、お前だってのこのこコイツについて来たりはしなかったろ?」
「俺は……」
若手の剣士が顔を伏せる。
そうだ、彼は僕と出会って、このキャラバン隊に参加したんだ。
僕の理想に共感する形で。
「――すまない」
僕は彼に謝罪する。
他に言える事なんてなかった。
「……目に見える人間すべてを助けたいなんて理想論だって、アンタだってわかってるだろ」
「ああ。 でも、ここは君たちがいる。 ……大丈夫だって信じられるんだ」
「勝手な事ばかり抜かしやがって。 まさか隊長はこの話を事前に聞いてたんですか?」
隊長は頭を掻きながら、苦笑した。
「ああ、まあ、お互いかなり長く話したけどな」
キャラバン隊は僕と隊長が作った組織だ。
あの頃は、隊長だなんて大層な呼び方をしてなかった。
肩を組み合って、愚痴をこぼしていただけの酔っぱらいに過ぎなかった。
それがいつのまにか、こんな大きなことをするようになって。
呼び捨てから、互いを役職で呼ぶようになり。
ただの友人ではなくなってしまった。
もちろん、未だ友情を失ったわけではない。
それでも、あの頃の関係とは全く違ったものだ。
「そんな顔をするな、恥ずべきことをしている訳じゃないんだろう?」
「どうなんだろう、自分でも時々わからなくなる」
「その今、選ぼうとしている事は自分にとって大切な事なんだよな?」
「……それは胸を張って言えるよ」
たくさんの仲間が僕たちのやりとりを見守っている。
一人一人抱えている物があって、少なからずこの長い時間にそれに触れてきた。
だからこそ、言える。
僕は決して、どうでもいいことのために故郷に戻るんじゃない。
「なら、お前は信じている道を貫け。 心のままにな」
そう言って、隊長が僕の背中を押す。
いつも見ていた頼もしげな笑みを浮かべて。
何も心配いらない、そう思わせるような笑みだ。
「俺達は左へと行く」
急な出来事で実感がわかないような仲間たち。
そんな様子だけど、みんながそれでも、と頷く。
僕の判断をわけもわからなくても、信じてくれるというのだろうか。
「さあ、右へ行け。 これはお前の分の荷物だ、自分で背負って歩いてけ」
あらかじめ、用意していた荷物を地面にどっしりと置いた。
ずい分と重そうな荷物だった。
これからはこれを一人で背負っていかねばならない。
仲間たちは僕を見送り。
その姿が影だけになっても、なお、手を振ってくれているような気がした。
涙が視界をにじませた頃、雨が降り出した。
きっと、あいつ等も同じ雨に打たれているんだろう。
もしかしたら、同じように泣いているかもしれない。
そう思って、ひたすらに故郷に向かい歩き出した。
*******
地面に伏す、かつての仲間たち。
僕の後ろに立つ、兵士が「さすがですね」と声をかけた。
「ああ、彼らのことは僕が誰よりも知っているからね」
僕はそう言いながら、彼らに近づく。
武装した兵士を引き連れて。
「……見ないうちに、出世したみたいだな」
隊長と仰いだ、かつての友人が息も絶え絶えにそう言った。
その身体には何本もの矢が刺さっている。
「……ああ、気にするな。 見た目よりは痛くはない」
冗談かのように軽い口調。
かつての友人は、地面に仰向けになりながら空を見上げる。
今にも、降り出しそうな曇り空が瞳に映った。
別れた頃と何も変わらない態度。
僕は目をそらす。
するとふと目に付いた人物がいた。
「隣にいるのは彼か?」
自分で思ったよりも、冷たい声が出た。
指したのは、僕が引き込んだ若手の剣士。
彼はすでに絶命していた。
狐の様にずる賢く、蛇のように陰湿だと各国の軍では有名な人物だった。
当の本人と話したことのある人間は、僕以外に誰もいなかったが。
「ああ、お前が抜けてからはその穴を埋めるのに必死だったよ。 後任として恥ずかしい真似は出来ないとね」
僕の後を継いだのは、彼だったのか。
これ以上なく、戦いづらい相手だった。
あんなに抜け目のない敵と戦ったことはなかった。
「もっと考えなしなタイプだと思っていた」
「考えなしだよ、だから理想の為に簡単に命を賭けたんだ。」
何を言う、賭けさせたのは……僕だ。
「泣くな、お前は自分の信じている道を貫け。 心のままにな」
泣いてなどいない。
だから、僕に優しい言葉をかけるんじゃない。
「君たちはやりすぎたんだ。 ……だから」
「わかってる」
隊長は僕が言葉を紡ぐのを止めた。
「さあ、その剣を振り下ろせ」
隊長はそう言ってあの時のように笑った。
******
「これできっと民衆は立ち上がる」
僕は呟く。
「結局、誰もが自分の幸せを願う。 生存できる椅子なんて、数少ない。 だけど、老人たちですら自分を犠牲にしてまで、飢える赤ん坊に命を捧げたりはしない」
僕は軍帽を被り直し、コートを翻す。
「生存者はいません」
報告してきた兵士を一瞥する。
「よく確認しておけ、油断できん連中だ。 ……特に幹部の首はきちんと持って帰るようにな」
あまりにも彼らは正しすぎた。
民衆は彼らに期待しすぎた。
彼らがなんとかしてくれる、と。
なにかあったとしても、彼らがすべてやってくれる、と。
ただ口を開け、与えられることを待つだけの雛のように。
そんな彼らを王たちは恐れた。
「目の前の人間をすべて助けられるわけではない、お前はそう言っていたよな」
それは間違いなく正しい。
そんな人間はいるべきではない、そう思わせる救世主なんているべきではない。
もし、そんな存在がいれば人間は簡単に考えることをやめてしまう。
人間は簡単に堕落する。
「革命の準備は出来ております、『隊長』」
兵士がにやりと、口元をゆがめた。
本当にいつのまに、僕は出世してしまったものだ。
いつかは僕がそう誰かを呼び、働いていたというのに。
地面に、ぽつら、ぽつら、黒いシミ。
とうとう雨が降り出すようだった。
ああ……どこか見覚えがあると思ったら。
「ここはあの分かれ道だったのか」
「は?」
「……いや、なんでもない」
僕は汚れた手袋を脱ぎ捨て、持っていた剣を部下に渡す。
ああ、かつての友の言葉が蘇る。
(そんな顔をするな、恥ずべきことをしている訳じゃないんだろう?)
口の中で、その頭で響く声に小さく返す。
「どうなんだろう、自分でも時々わからなくなる」
恥ずべきこと、ってなんだろう。
でも、必要な事なんだ。
他にやりようがなかったんだ。
(その今、選ぼうとしている事は自分にとって大切な事なんだよな?)
「……それは胸を張って言えるよ」
今もなお、僕は。
決して、どうでもいいことのために歩いている訳じゃない。
だけど、この背負う荷物は。
「一人で背負うには重すぎるよ……隊長」
もう見送ってくれる、誰かはいない。
それでも僕は歩みを止めはしなかった。
一人でうたれる、雨は凍える様に冷たい。
凍える雨 裃左右 @kamsimo
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