第二幕 大入道

 鍾乳洞の中は暗く、初秋ということもあってかなり肌寒かった。

 最深部を目指すにあたってシロクが術で炎を出し、それで先を照らす。妖怪と違って本物の炎は熱量が高く、それが暖機の代わりになったのがありがたい。

 所々に小さな地底湖があり、水が綺麗なこともあって底が見通せる。だがその反面、落ちれば得体のしれない何かに食われそうな不気味さも携えていた。

 

 やがて最深部に辿り着けば、そこは鍾乳洞の中でも一番空間が広く、まるで天然が作り出した大劇場のようだった。舞台一つ設置すれば、いつでも演劇が上映できそうだと思える程度には広く、反響する音が余計にもそう連想させた。

「先刻、あの子供が言っていた花は……恐らくこの鍾乳洞に咲く青い妖花ようかのことだ」

 ふと、シヅルが言う。

「本来ならばこの命地にあって、きよめご達と共存している。だが、どうやら様子がおかしい」

「おかしい?」

 何がどうおかしいと言うのか。怪訝そうな顔をした朧介の肩をシロクが掴んできたかと思えば、なぜかそのまま後ろに下げて背に庇うような形を取った。

「おかしいんだよ、朧介。きよめごが怯えてる。何かいるんだ」

「何かいる? 何かとはなんだ」

「……あれだな」

 途端、地表から大きな影が膨れ上がった。それは最深部の天井ギリギリまで背を伸ばし、二つの大きな目玉で朧介達を見下ろした。十メートル程あるだろか。着流しのようなものを着用し、大きな口からは赤い舌がだらりと覗いている。

「貴様……大入道だな。ここで何をしている」

 シヅルがシロクの横に、朧介を庇うように並ぶ。手にはいつのまにか錫杖が握られていて、それを突き出すようにして前に構えた。

 大入道と呼ばれた妖怪はじろりと三人を見ながら、げひげひと気持ちの悪い声で笑う。

『魂集めよう、言われてのぉ』低い声が飛んで幾重にも反響する。

「誰に言われた」

『魔羅螻蛄にぃ、そう、誘われたぁ』

「魔羅螻蛄だと?」

 その名が出た途端、免妖二人の雰囲気が嫌にぴりついた。魔羅螻蛄が絡んでいる以上、目の前の大入道がこちらに加害しようとしている可能性は高い。


『ここ、おでのチカラ強くなる場所ぉ。だから、ここに人が来るようにぃ、魔羅螻蛄が近くの村にぃ病魔散らしたぁ。人間、治る花探しにぃ沢山来た。それ、沢山食ったぁ。魔羅螻蛄も魂欲しいって言ったから協力したんだぁ。獲物は全部山分けだぁ』


 先刻、鍾乳洞の前の森で出会った男の子の顔が、朧介の脳裏に浮かんだ。彼も母親が病にかかったせいで花を探しに行こうとしていた。そして大人達は帰ってこないとも。

 もし目の前の大入道の言うことが本当ならば合点が行く。全ての元凶は魔羅螻蛄で、人の魂を搾取するための策略だったということだ。

『妖花もぉ、食えば栄養になるからぁ、食い荒らしたぁ』

 見ろと言わんばかりに大入道が大きな指で自らの右後方を指す。怯えたきよめご達が、無残に食い荒らされた青い花の周りでひとまとまりになって震えている。このままでは命地としての役目どころか、大入道に穢されてしまうのも時間の問題だ。

『お前たちのぉ、魂もおくれ』

 大きな手が物凄い勢いで伸びてきて、三人を一纏めに潰しにかかる。二人の背後に庇われていた朧介が咄嗟にシヅルとシロクの着物の襟を掴み上げ、自分もろとも後ろに大きくひっくり返るようにして間一髪それをかわした。

「おい朧介、平気か⁉」

 朧介の上にのしかかるようにしてひっくり返ったシロクが、体を退かしながら叫ぶ。

「俺は大丈夫だ、それより――」

「朧介殿、シロク、来るぞ!」

 すぐに体勢を立て直して前を見ていたシヅルが叫べば、鍾乳洞の地面がぼこっと盛り上がり、そこから土人形のようなものが無数に起き上がった。それらはおおよそ成人男性ほどの大きさに成りあがったかと思えば、一斉に朧介達に向かって襲い掛かってくる。

「泥田坊……じゃないな」

 シロクが取り出した日本刀で襲い掛かってくる土人形を斬り倒す。倒された途端地面に崩れたそれは土塊へと姿を変える。妖怪ではなく、その場しのぎの操り人形と言った風に見えるそれには、命の気配を感じない。

「大入道! こんなことをしてはいけない! 今すぐ大人しく在るべき場所へ帰りなさい!」

 シヅルが土人形をかわしながら諭すも、大入道は聞く耳を持つどころか目の前の命を捕獲しようと躍起になる。

 両手を地面につき、前屈みになるようにして大きな両目を朧介の方へ向けてニタリと歪めた。

「朧介殿! 目を見るな! 大入道の目を至近距離で直視すると魂を取られる!」

「そんなこと言ったって……っ」

 一瞬の隙をつかれて、土人形に首を背後から締め上げられる。同時に前方から別の個体が朧介の下半身にタックルをかます様にして飛び掛かり、身動きが取れなくなった。締め上げられた首を後ろに引かれ、顔があがる。

 すぐ目の前に大入道の大きな両目があって、朧介の目を不気味な赤い光が射抜いた。

 瞬間、ビクンと体が痙攣を起こしたように震えて、息が詰まった。

「うっ――」

 土人形の拘束が役目を終えたと言わんばかりに解けて、朧介が地面に膝から崩れ落ちる。脂汗が額に浮かび、息が苦しくて思わず胸を掴んで前屈みになる。

「朧介殿!」

 叫んだシヅルが、土人形を力任せになぎ倒してそばに走ってくる。だが朧介のそばに着いた途端、その表情に不穏な色が浮き出た。震える手で朧介の背中に触れる。

 何か言おうとして口を開いた時、頭上で大入道の困惑した声が響く。


『あえ? なんで……? 魂、出ないぃ?』


 再び覗き込もうと身を屈めてくる大入道の前に、シヅルが朧介を庇うようにして立ちふさがろうとした。

 その時――、

 朧介自身の背後から何か物凄く禍々しい気配が溢れ出した。黒く霧のように実体の掴めないそれは、瘴気のようにその周辺一帯に広がり大入道の体をぐるりと一周する。それに伴って肺から何かがせり上がり、大きく咳き込んだ。

 口元を抑えた右手に、びちゃりと真っ赤な鮮血が散る。

「朧介殿!」

「朧介、どうしたんだ! しっかりしろ!」

 異変を感じ取ったシロクがすぐさま飛び下がって来る。それを追って別の土人形達が朧介達に近づこうとするが、次の瞬間、突如その体がボロボロと崩れ出した。同時に頭上で何かに怯えるように大入道が大声で喚きはじめる。


『っひぃ! 魔羅螻蛄ぁぁあ! すまねぇえ! おで、わざとじゃあねぇんだよぉぉお‼』


 鍾乳洞の中を大反響する声に思わず耳が劈かれる。先ほどまで大入道の周りを包んでいた黒い霧はいつの間にか忽然と消え失せていた。

「大入道の野郎動揺してる。そのおかげで土人形の術が解けたのか」

「……好機なことは間違いない。シロク、朧介殿を頼む」

 言ってシヅルは走りだすと、大入道の真下に転がり込んで、素早く何かを小さく唱えた。それから錫杖を地面に突き立てると、大入道の足元に大きな円陣が現れて辺りを照らし出す。

「奴の弱点は目だ! 何とかして目をつぶす必要がある!」


『眩しいぃぃい‼ やめろぉおお‼』


 円陣によって足を固定されたのか、大入道が苦しみながらまだ自由の効く両手を上半身ごとぶんぶんと振り回す。円陣を展開している間、シヅルは広範囲の移動が不可能になる。ゆえに残ったシロクと朧介で大入道の目をどうにかするほか選択肢はない。

(……目を、潰す)

 先程大入道の目を見た時、確かに言いようのない悪寒が体中を駆け巡った。目を見れば魂を取られるはずなのに、苦しいだけで朧介から魂は抜け出なかった。その代わり、何か得体の知れない気配が周辺に立ち込めて――。

(あれで、大入道の様子がおかしくなった)

 右の手の平に付着した自らの血を、ぎゅっと握りしめる。

 さっきまで体を支配していた苦しさはもうない。息を吸って、一度深く吐く。目を潰せばいいのなら、やることは限られる。

「おい、朧介。大丈夫か」

 シヅルの助太刀に入ろうと、シロクが立ち上がる。それを制止させるようにして、朧介は彼の着物の裾を引いた。

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