第三幕 朧介の機転

「シロク、銃出せるか」

「は? 出せるが……」

「貸せ! 早く!」

 何がしたいんだと言う表情をしたシロクだったが、朧介の気迫に押されて渋々耳飾りを手の甲でひと撫ですれば、そこに一丁の歩兵銃が現れた。

 それをシロクから奪うようにして受け取れば、すぐに構えて一発発砲する。

 バァンという耳の鼓膜が裂けそうな音が、鍾乳洞内に反響する。弾は大入道の目の玉に綺麗に吸い込まれた。ぎゃあという叫び声と共に、大入道が更に暴れる。

 目を閉じられる前にと、朧介はすぐに次を構えて再度発砲した。再び耳を劈くような爆発音が轟き、一拍置いて大入道が目を抑えて頭を振り乱す。

『ぐぅうああ! いてぇえよぉぉお!』

 大入道が両目を抑えたまま膝を折る瞬間、すぐ下にいたシヅルがさっと身を翻して避難した。大入道はズシンと円陣の中で跪き、天井を仰ぐようにして目を両手で擦っている。大きな両目から血の滲んだ涙がぼたぼたと流れ落ちた。

 だが、まだこれでは終わらない。朧介は持っていた歩兵銃を地面に捨て、今度はシロクに「刀を貸せ!」と叫んだ。さすがのシロクも、朧介に何か考えがあっての事だろうとすぐさま手に持っていた日本刀を抜き身のまま投げ渡す。

 受け取った朧介は、そのまま間髪入れずに壁に向かって走り出した。

「朧介殿⁉ 何を!」

 遠くでその様子を見ていたシヅルが叫ぶ。シロクも同じように壁に向かう朧介を見ていたが、すぐに彼の目的が何なのか見当がついたらしい。

「……なるほど! そういうことか雪田朧介!」

 シロクはニッと口角を上げると、すぐさま両手に小刀を何本か出現させ、それを朧介が向かう壁めがけて全て投げた。

 小刀は一本ずつずれて、まるで階段のように壁に突き刺さる。

「こういうことだよな! 朧介!」

 返事の代わりに、今度は朧介がニッと口角を上げた。それからその小刀を踏み台に壁伝いに天井めがけて駆け上がる。最中、目線を下ろせば、見上げたシヅルと目が合った。彼女の宝石のような瞳が、心配と期待を浮かべて朧介を射抜く。

「シヅル! こいつを祓えるなら準備してくれ!」

「! 承知した!」

 ようやく朧介の狙いを理解したシヅルが大きく頷く。

 小刀を足場に駆け上がった朧介が、最後の一刀を思いっきり蹴る。そのまま大入道の真上まで飛び上がれば、シロクから拝借した日本刀を、刃を下にして構えた。

 血が沸騰するようなざわめきが体の芯から溢れて来て、握る手の力が強まる。

 外せない――そのプレッシャーがその衝動を誘ったのか、瞳が赤くなると同時に、研ぎ澄まされた感覚が一気に開放された。

『いでぇ、いでぇ……あ?』

 フッと頭上に差した影に、大入道は目を覆っていた手を退けた。

「――往生しな!」

 瞬間、鋭い切っ先が大入道の右目深くに突き刺さる。

 ぎゃああと物凄い叫び声に、負けじと突き刺さった刀を更に深く押し込む。全体重を乗せて柄を押し込めば、人の血よりも濃く、黒に近い赤が大入道の右目から噴き出した。


「――ふう強迭きょうてつ!」


 地上からシヅルのはっきりとした一声が響き渡る。大入道の足元に展開していた円陣がカッと更に眩い光を発して、鍾乳洞の中を目がくらむような白で満たした。

「うわっ!」

 ガクン、と足場がなくなって、突き立てていた日本刀もろとも落下する。今の今までそこに存在していた大きな体が突如消え、鍾乳洞内の風通しが良くなったのを肌に感じる。

 内臓がひっくり返るような感覚に、このままだと地上との衝突は避けられないと頭を守って衝撃に備えた。

「朧介! ――ふう舞来まいらい!」

 白い闇の中からシロクの声が飛んで、途端に体の芯を犯していた気持ちの悪い浮遊感がなくなった。代わりに何かに支えられるような感覚に、恐る恐るギュッと閉じていた目を開ければ、朧介自身の体をおおよそ透明な風の塊のようなものが下から支えていた。

 そのまま地上へゆっくりとお尻から着地すれば、それらは最初からそこに存在していなかったかのようにスッと消えてしまった。バクバクと鳴る心臓に、思わず胸を擦る。


「朧介殿、平気か!」

 錫杖を持ったまま、シヅルが朧介のそばに駆け寄ってくる。

「ああ、大丈夫だ……それより、大入道は?」

「朧介殿が急所を攻撃したおかげで、強制送還することに成功した。今頃在るべき場所で大人しくしているはずだ」

「そうか……」

 ふぅと深く息を吐けば、朧介の顔を覗き込むようにシロクがしゃがみ込んだ。

 見つめられれば、赤く染まった瞳が色を落としていくのが自分でわかった。気怠くなった体でため息を吐けば、シロクが肩をすくめてから口を開く。

「お前なぁ、もう少し説明してから動いてくれよ! 俺が聡明だったから朧介の行動理由が把握できたけど、普通ならこう上手くは行かなかったぞ。落ちた時は正直肝が冷えた! 術が間に合ってなったら今頃あの世だ」

 ガミガミと喚くシロクだが、その表情に嫌悪は一切なく、むしろ心配の色が全面に浮いて見えた。申し訳なかったと、朧介は思わず首を垂れる。

「……すまなかった、無茶した」

 言えば、今度は胸の奥から背中にかけてが、いつものようにじわじわと痛み出す。呼吸が乱れてきたのを誤魔化そうとするが、じくっと刺すような背中の痛みに思わず呻いてしまう。結局いつも、最後にはシヅル達に迷惑をかけることになると頭の片隅でぼんやりと自己嫌悪すれば、ふいにシロクが朧介の背を擦った。いつも擦ってくれるシヅルとは違って、力強く大きな手だった。

「しんどいのに、今さら隠そうとするな」

「…………!」

「俺とシヅルは、お前が災厄を呼ぶ厄介な存在だから……どうにかしたいってわけじゃないんだよ。お前が……根は優しい奴だから、助けてやりたいんだ」

 いつだったか、シヅルに言った言葉が脳裏に浮かぶ。

 

 ――あんた達免妖も、結局は俺が呪詛付きのままだと日本に災厄をぶかもしれないから……どうにかしようとしているんだろ。


 あの日言った言葉を、シヅルは気にしていたのかもしれない。心に留めておけなくて、シロクに話したのだろうか。彼女の気持ちを、踏みにじって傷つけたのかもしれないと無意識に唇を噛めば、まるでその心を読んだかのようにシヅルが小さく首を振った。

「私は、あの言葉で傷ついてなどいない。ただ、そうではないと、災厄を呼ぶからどうにかしようとしているわけではないと……貴方にわかってほしかった。だから、シロクに相談したんだ。告げ口をするような形になってしまってすまない」

 私一人では、どうすればいいかわからなかったから。

 まるで怒られた子供のように、シヅルが俯き小さな声で言う。その姿がなんだか可愛らしくて、仕方ないなと思ってしまう。

「俺は……優しい人間なんかじゃない。でも、二人がそう言ってくれるのは嬉しいよ」

 額に浮いた汗が頬を流れる。鍾乳洞の中は冷えるのに、身体の中は発作のせいか妙に熱かった。煮えるように血管がどくどくと鳴る。気持ちが悪くなって、再び目を閉じた。


 ふと、腕に何かがすり寄る。うっすら目を開ければ、さっきまで隅の方で震えていたきよめご達が朧介の体に、まるで押し競まんじゅうをするかのように纏わりついていた。ぽわっと暖かい光が皮膚から染み入ってきて、身体の熱が調和される。息が楽になって、背中の痛みが和らいだ。

「……ありがとうって、言ってる」

 シヅルが目元を緩め、錫杖を鳴らす。シャンという綺麗な音を聴けば、不思議な事に体の中心にある何かが解れて楽になる。

「――血脈に根付きほどけ。もの御魂みたまを導き給え……かい命印めいいん

 囁くように唱えられる呪文に耳を傾け、やがてそれが終わる頃に朧介は顔をあげた。

「ありがとうなんて……俺には勿体ない」

 言えば、錫杖を下ろしたシヅルが首を振る。

「そんなことはないよ。朧介殿があの時思い切った行動に出ていなければ、今頃大入道にこの命地はやられていたかもしれない。この命地は、貴方が救った」

「だけど、妖花は……だいぶ荒らされちまったな。もっと早くここに辿り着いていれば、妖花を食い荒らされることはなかった……」

 言い切って、深く息を吐く。大入道とのやり取りで体力をかなり消耗したせいか、発作が収まり幾分か楽になったというのに体がまだ怠かった。きよめご達の心配そうな視線を感じる。


 その時、荒らされた妖花の間から、うっすらと甘い香りが漂って来た。何事かと顔を上げれば、花の間から小さな妖精が現れて、すっと朧介の目の前まで飛んでくる。蝶のように透き通った羽を生やし、綺麗な青いワンピースを着ている。日本にも西洋で言う妖精のようなものがいるのかと問えば、守り神のようなものだとシヅルが答えた。

 手のひらに乗ってしまいそうな小さな体を見つめれば、妖精は潰された花たちの中から、奇跡的に無傷で残っていた最後の一本を朧介の鼻先に差し出した。


『皆様のおかげで、命地は守られました。この妖花は差し上げます』

 

 鈴のように響く美しい声で妖花の精は言うと、鼻先に差し出していた妖花を朧介の膝にそっと置いた。妖花の青い花びらが瑞々しく震える。まるでチューリップのようだと思った。

『この花を必要としている人間がいるのでしょう』

 何もかもを見透かしたような瞳が、朧介の視線を捉える。ぞっとするくらいに美しいそれに、自分自身の過去を全て覗かれたような気がして、思わず目を逸らした。

「しかし妖花の精よ、その花は最後の生き残りだろう。私達に寄越してしまえば……貴女は妖力が足らなくなって消えてしまうぞ」

『平気です。枯れない花はないということ、それは即ち自然の摂理です』

 ふわりと柔らかく妖花の精が微笑む。

『またどこかで生まれることもありましょう』

「……すまない、俺達人間のために……」

 ありがとうと言えば、両目から涙が零れそうになった。それを見られたくなくて思わず俯く。「……さぁ、ここを出よう。人の子が待っている」

 シヅルがそう言うと、そばにいたシロクが朧介の頭をぽんっと撫でてから立ち上がった。

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