第六章:鍾乳洞に花

第一幕 流行り病

 次の命地は、松前まつさきという場所の山奥だった。

 鍾乳洞の奥だということで、朧介達はまずその鍾乳洞の入り口を目指す。

 一目蓮で移動しているうちに雨は上がり、再び夜が来て朝が来た。何日にも渡る移動だったにも関わらず、所々休憩しながら移動したこともあって、幸い体の節々に痛みはない。

 本所の時のようにかなり手前で一目蓮から降りて残りは徒歩で移動になったが、鍾乳洞の近くへ来た途端に人影を目撃し、この分ならすぐ近くへ着地しなくて良かったと内心安堵した。


 森はかなり深く、覆いかぶさるように生える木々の枝で空が狭く、昼でも薄暗い。

「……子供だ」

 人影は、齢六歳程度の男の子だった。足から血を流している。患部は何かに食いつかれたのかと思うほどに深い。だらだらと出血する足を抱えて、三角座りのまま男の子は大木の根本に身を寄せていた。

 吹かしていた煙草を地面に捨ててから、朧介がその男の子に歩み寄る。

「君、怪我したのか」

 しゃがみこんで顔を覗き込めば、薄っすら潤んでいた瞳から耐えきれなくなったように涙が溢れ出して、膝に落ちた。

「泣くなよ、男の子だろ」

 とりあえず止血はした方が良さそうだと、ポケットからハンカチを引っ張り出して破こうとすれば、シヅルが静かに朧介の横に来て同じようにしゃがみ込んだ。

 右の袖を少し捲り上げてから、男の子の幹部に手をあてがう。ぽわっと豆電球のような光が灯って、男の子の幹部がじわじわと塞がっていく。

「応急処置だけれど、一応止血した。痛むようなら、ちゃんと医者に診てもらって」

 罠に引っ掛かったんでしょうとシヅルが言えば、男の子は小さく頷く。ふと彼女が見た方角には小さなトラバサミが転がっていた。幸いなことに、挟まる瞬間に跳ねた石を一緒に挟み込んだようで、完璧に男の子の足を食いちぎることはなかったようだ。石が無ければどうなっていたかと考えたくもない。あれに足を挟まれた獣は本当に気の毒だと思う。

「おい、人の子。なんでこんな山奥に来たんだ? マタギなんかじゃない限りはここら辺には来ないだろうに」

 朧介とシヅルの後ろから、立ったままシロクが言えば、振り返ったシヅルが彼の着物の袖を引っ張って無理やり座らせた。上から見下ろすと子供が恐がるだろうという事らしい。

「……ぼくのおっかあが、病気なんだ」ようやく口を開いて、男の子が言う。

「治すのが難しい病気なんだって。でもぼく、なんでも治す薬になるって花の話を聞いたんだ。それが、この穴の奥にあるって……」

 男の子が指さす先には例の鍾乳洞が口を開けている。この鍾乳洞の奥ということは、すなわち命地に咲く花ということか。だとすれば、なんでも治す花というのはあながちただの迷信ではなさそうだ。

「ぼくの村、謎の病気が流行ってるんだ。大人は何人もその花を探しに出て行った。でも、」

 誰一人帰ってこない。

 男の子の言葉に、三人は顔を見合わせる。何か雲行きが怪しいと、嫌でも思わせる言葉だ。この先に何かがいる可能性がある。となれば、子供を立ち入らせるわけにはいかない。

「……そうか、わかった」

 朧介は、手を伸ばして男の子の頭を撫でる。シヅルと同じように線の細い髪が指を滑った。

「その花、俺が取ってこよう。どの道俺は、この鍾乳洞の奥に用があるんだ」

「……いいの?」

 大きく透き通った丸い瞳が、朧介を見る。涙に濡れた瞳には期待と不安が見え隠れしていた。

「ああ、問題ない。いい子で待ってろ」

 手を放して立ち上がる。ポケットから煙草を取り出そうとして、子供の前だったとやめた。箱をポケットに押し込んでしまえば、手持ち無沙汰になる。それを子供と同じくしゃがんで見ていたシヅルが、ふいに手を差し出してきた。

 何かと思って凝視すれば、パッと開いた手から一つ飴玉が出て来る。「わぁ、すごい!」と子供の歓声が上がった。

「口寂しいのなら、飴玉を舐めるといい」

 魔法のように現れたそれの包み紙を解いて、朧介の口に持ってくる。

「あのな、シヅル。俺達喫煙者は、別に口寂しくて煙草を吸ってるわけじゃないんだぞ?」

「そうなのか? 私はてっきりそうなのだと思っていたよ。衾の時も一目蓮の時も所かまわず吸おうとしていたから、口寂しいのが我慢できないのかと」

 真面目な顔で言われて、思わず脱力してしまう。理由を説明しようか悩んでいると、朧介とシヅルの間に割って入ったシロクがその飴玉を奪って、朧介の口に押し込んで来た。何をするんだと抗議の目を向ければ、変に作りあげた笑顔を向けられる。

「雪田朧介くーん? 君がニコチンクソ野郎なのはじゅーぶん承知しているが、シヅルの好意を無駄にするのは許さん。とりあえず食え!」

「わかったからおい……頬をつねるな!」

 二人で掴み合っていると、シヅルは男の子にも飴玉を出してあげたようで、「ありがとう! お姉ちゃん魔法使いみたいだ!」と可愛い歓声が聞こえて来た。シヅル達免妖の能力を見ても怖がらないのは少しありがたい。

「ほら、シロク。朧介殿も、あまり待たせると夜になってしまう」

 頭を撫でつつ、立ち上がったシヅルが言う。

 先に歩き出す彼女を追ってシロクが歩き出すと、少し寂しそうにその背中を男の子が見ていた。

「…………」

 その姿が、いつかの……まだ幼かった日の自分と、なんとなく重なった。

「いい子にしてろよ」

 朧介はもう一度男の子の頭を撫でると、先に行った二人の後をゆっくりと追いかけた。

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