第5話 死霊の髪①

◆死霊の髪


「あの子、まだ庭を眺めているわ」

 さっき見た時は、何もなかったはずの庭だが、娘が飽きもせずに眺めている。

「もう寝なさい。庭には何もないぞ」俺がそう戒めると、

「パパ、見て」

 娘はそう呼んで、「女の人が私を呼んでいるわ」と言った。

 娘には大人には見えない何かが見えているのだろうか。

「私、女の人と遊びにいく!」

「待ちなさいっ」

 俺と妻が制止するにも関わらず、娘は寝間着のまま寝室を出て、庭に向かった。

「もうあの子ったら」妻はそう窘めたが、その声がおかしい。くぐもった声に聞こえる。まるで口の中に何かがあるかのようだ。


 さっき聞こえていた声がより臨場感を持って聞こえだした。

「あ・あ・あ・あ・・」

 断続的な女の声だ。身悶えする声にも聞こえるが、恨みを募らせた声にも聞こえる。

 妻はその声に導かれるように窓の外を見た。

「あなた、見て。あの子ったら、女の人と遊んでいるわ」妻はそう言って微笑んでいる。

 そんなはずはない。今は真夜中の三時だ。

 見ると、妻の髪も逆立っていた。

「おい。お前こそ、寝癖が酷いぞ」

 俺は戒めるように言うと、妻はゆっくり振り返り、

「口の中に髪の毛が入っているみたい」

 妻はニコリと笑いながら、俺の手からハサミを奪い取ると、鏡を見ながら口腔に突っ込み髪を引っ張り上げた。

 妻にも俺と同じように髪が生えているのだ。それも一本や二本ではない。数十本、いや、それ以上ある。それが妻の体の一部になっている。切るのは危険だ。

「やめろっ、それを切るなっ!」

 そう言った時にはもう遅かった。妻は舌から生えた髪の毛をプツンと切ったのだ。

 妻の口から信じられない量の血が噴き出た。

「ああっ」妻は悲痛な叫びと共に、床に突っ伏した。


「あ・あ・あ・あ・・」

 声はまだ続いている。女が娘を呼ぶ声だ。

妻だけでなく、娘を奪うつもりだ。

 髪の毛を奪われた女たちは妻と娘を・・目の前で俺の大事な全てを奪い取るつもりだ。

 俺の切手帳には、多くの髪があった。

 当然、その持ち主である女性も存在するわけだ。

 つまり、俺は人の物を盗った犯罪人なのだ。「髪は女の命」・・誰かが言った言葉を思い出した。

 俺は女の命を何年にも亘って採取し続けてきたのだ。

 その中には、亡くなった女性もいるかもしれない。

 自分の分身のような髪を取り戻すべく、現世に現れても不思議ではないような気もする。

 これはその報いだ。俺に課された罰だ。

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髪を集める(短編) 小原ききょう @oharakikyo

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