第2話 声

◆声

 

 俺の性癖は、子供時代から社会人になってからも続いた。

 同級生の髪なんて、体育の授業ではなくても、その人の椅子にも落ちているものだ。

 クラブに入っていない俺は、放課後には自主勉強と称して、必ず居残り、髪を採取した。

 会社に入っても、残業すれば、退社した女子社員の机や椅子には必ず髪が落ちている。

 放課後の居残りや会社の残業は、小学校時代の体育の時間の居残りと同じだった。

 悪趣味と人は言うだろう。

 だが、この趣味が誰に迷惑をかけているというのだ。

 落ちている物を拾って貯めているだけのことだ。誰かが吸った煙草の吸殻を集めるより遥かに衛生的だ。


 そんな趣味を続けていたが、最近になって少し妙な感覚、いや、声が聞こえるようになった。

 それは髪の毛を拾い上げる時だ。

 その瞬間、「いたっ」と女の声が聞こえるのだ。まるで髪の毛を引き抜かれた時に上げるような声だ。

 だがその違和感よりも、髪を収集する熱の方が優先された。どんな声が聞こえようとも、髪を集める事をやめなかった。


 やがて、俺も結婚することになった。

 友人の紹介での結婚だったが、どちらも好感を持ってのスタートだった。

 二年ほどで、娘が生まれた。

 もちろん、その間も髪の毛の採取は続けた。さすがに妻の髪は採取してはいない。

 だが、髪の毛を綺麗に飾った切手帳だけはページが増えていった。

 一頁一頁、ページを捲り、髪の持ち主の名前を見ると、その女性の実像が浮かぶ。

 髪の毛には匂いは殆ど無いが、微かな匂いだけでも想像は膨らむものだ。まるで自分の隣にその女性がいて、話しかけてくるように感じたり、その人が俺の腕に触れてきたりする、そんな幻覚が見えたりするのだ。

 それは俺の至福の時間だった。

 結婚して娘がいてもそれは変わらなかった。

 髪を拾う時に聞こえる「いたっ」という声は相変わらず聞こえたが、俺の性癖はとどまることを知らなかった。

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