第2話
庭先の、地の上に停泊した大型船を眺めている姿を見つけた。
「よう、フェルディナント!」
イアン・エルスバトがやって来る。
「よく来てくれたな。こっち俺の部屋ある騎士館や。お茶でも出すわ」
「いいのか? 今日は忙しいんじゃないか?」
「いや。そんなことない。今日までの準備はそらぁ忙しくてイヤやったけど、もう舞踏会当日ともなればあとは歌って踊ってもらうだけ、近衛隊は配置済みやし、俺のすることなんか監督ぐらいや。問題起こらなかったら今日は俺は暇やで」
「そうなのか」
「まあ俺の作った近衛団は優秀やから、多少の問題起きても対処出来るやろ。てなわけで遠慮なんかせんでええわ」
「そうか」
「これから城にやって来る面妖な仮面の集団の中に、ほんまもんが紛れ込んでないことだけを祈るわ」
「そうだな……手紙は読んだか?」
「ああ、読んだ。知らせてくれてありがとな。また城下に【仮面の男】が出たって、上にも報告したんやろ?」
「ああ。その日のうちにしたよ」
「こっちには全然報告来なかったわ。余程この舞踏会中止にしたくなかったんやろな。ロシェルにせめて仮面は外せやって文句言うたったけど、なんでもすんごい昔からの伝統ある舞踏会らしくて出来ひん言われたわ。そんなら勝手にせえ! 変な奴入り込んでも知らへんぞ! ってキレたった。せやからあいつと今喧嘩中やねん」
イアンの指摘は尤もで、問題も深刻だったが、言い方に笑ってしまった。
「俺もあいつとは何度か会ったことがあるが、よく分からない奴だ。あんな奴と喧嘩できるお前を尊敬するよ」
ふふん、とイアンは鼻を鳴らした。
「喧嘩なんぞ誰とでも出来るわ」
騎士館の私室にフェルディナントを案内すると、騎士がお茶を入れて下がって行った。
「そんでもお前が今日来るから仮面の手配してくれとかラファエルに言われた時、耳を疑ったで。俺の友達になに変なことさそうとしてんねんって殴り合いになりかけたんやぞ」
フェルディナントが笑っている。
「仕方なかった。今日の夜会でどうしても顔を知っておきたい貴族がいて。大きい夜会だから出て来るらしい」
「そうなのか。お前がそんなこと言うってことは、事件かなんかに関わる奴か?」
よく分かったな、と頷いている。
「そらそうやろ……どう考えてもそんな理由でもなきゃお前が仮面舞踏会なんぞに現われるわけない。けど相手も今日は仮面付けとるんやろ。顔分からんやないか?」
「城から出たあとを付けて確認するつもりだ。屋敷も分かってるから部下も向こうにすでに張らせてるしな」
「聞いてもいいか?」
「ああ。だが、かなり慎重に扱って欲しい情報だから頼む」
「分かった」
「ドラクマ・シャルタナという貴族だ」
「シャルタナ……そらヴェネトの六大貴族の一つやないか?」
「会ったことあるか?」
「いや。無いわ。俺は城におるけど、あんま本城の方におらへんし、王太子の近衛って言っても今のところ公務とかについてないから俺の出番全くあらへんねん。もっぱらこっちの駐屯地が俺の縄張りや。騎士連中鍛えてばっかやぞ。
聞いてくれフェルディナント。ヴェネトの騎士連中船のことなんも知らへんねん。
おかしいやんけ。前王は海に出て戦っとったんやろ? 王宮にいる連中船の部位の名前もロクに知らんのやぞ」
「それであんなところに船があるのか……」
「ヴェネトは海洋国やぞいつ敵が外からやって来て戦いになるか分からんのにヴェネトの騎士が船の構造も知らんでどうすんねん! って説教してやったわ。あいつらぽかーんとしとったで。あれやな……ほんまにこの国って海に出て戦っとったのその王様だけなんやな。王宮の連中はホンマ海のことは、その王様に任せっぱなしやったみたいや」
「王の名前は?」
「ユリウス・ガンディノ」
「お前はすっかりファンみたいだな」
「まあな。王様なのに一年中海に出て海賊と戦って国を守っとったっていうんが気に入った。俺が小さい頃憧れてた生き方や~俺もそんな風にスペインで生きたいなあ。政では俺はそんな国の力になれんけど、船の上でならきっと役に立てる」
スペインの名を出して、イアンは苦笑した。寂しくなるから考えないようにしてたのに、自分で名前を出してしまった。
「そうや。これ、俺宛てやけど、ネーリに見せたってくれ」
「?」
イアンが隣の部屋に行き、すぐに戻って来る。手には一通の手紙を持っていた。
「ネーリが描いてくれた絵、予定通りスペインに送ったんや。送っといたでーっちゅうジブラルタルにおる兄貴からの手紙かと思ったらちゃうかった。王妃からや」
さすがにイアンの顔を見ると、彼は笑って頷いている。
「異例の速さで返信が飛んで来たわ」
フェルディナントが、美しい便箋に入った文を取り出して、中を見た。
文には、貴方から絵を贈られることなど初めてだったから、驚いたということと、非常に気に入って嬉しかったことがまず描いてあった。
ヴェネトでのスペイン艦隊の存在感を感じると、王妃としての安堵も書いてある。
そして、その後には初めて見る筆遣いの画家で詳細が知りたい、ヴェネト出身の画家でも構わないから、ぜひマドリードの宮廷に呼び寄せたいものだ、と書いてあった。
若い画家が描いたものですが、とイアンが知らせていたらしいので、王妃は「絵の相場はとても難しいものですから、代金は私が払います。貴方は絵を買ったことがあまりないので、くれぐれも自分の尺度でいい加減な代金を画家に払わないように」と釘まで刺してあった。
いい加減な代金を払うと、画家が見る目がないパトロンだと失望して二度と依頼を受けなくなる可能性があるから、と忠告してあるのにはフェルディナントも笑ってしまった。
「口うるさい母親やろ。前半では誉めてんのに手紙の後半でもう説教や」
イアンがケラケラと笑っている。
「いや……。だが絵をとても気に入ってると描いてある。ネーリが喜ぶよ。芸術の目の肥えたスペイン王妃に気に入ってもらえるかと、随分彼も気にしてた」
「そうなんか? あの子も画家の視点で、そんなこと怖がることもあるのか」
「あまりないみたいだが、あの絵は完成間近になっても随分手直ししてたよ。そもそも依頼されて描くのもネーリは珍しいからな。依頼主に気に入ってもらえるかと、緊張していた」
「ネーリでもそんなことあるんやな。可愛いな」
イアンが声を出してもう一度笑った。
「だから喜ぶよ。この手紙、見せてもいいのか?」
「ええよ。言っとくがうちのオカンはホンマ芸術に対しては目が肥えとるし、容赦がないことで有名やからな。いくら遠くの異国で頑張っとる息子からの贈り物でもくだらないモンには見向きもせぇへん。異例の速さで文を送って来て、自分で代金まで払う言って来たのは珍しいで」
「?」
「なーにぽかんとしとんねん。こっちが言わんでも自分からマドリードの宮廷に寄越してくれって言っとる。間違いなく宮廷画家にするつもりやぞ。つまりお前のライバルや」
「そうか。それは困るな。王妃がネーリにどれだけ払ったか、あとでこっそり教えてくれ」
「それは出来ひんな」
「何故だ?」
やけにはっきり断わられ、フェルディナントが首を捻る。
「当たり前や。相手はスペイン王国の王妃やぞ。お前は神聖ローマ帝国の将軍や。二人が一人の画家を競ったらそら俺はスペイン王妃に味方せな。俺スペインの王子でも海将や。王妃は上司やもん」
そういうことかとフェルディナントは笑った。
「なんだ。お前なら母親を敵に回しても友達に味方してくれると思ってたが」
「悪いなぁ~。これがそこらの美術品だとか宝石なら、そんなもん譲ったれやってお前の味方してやったかもしれへんけど。ネーリは俺もマドリード宮に欲しい。せやから今回に限っては王妃につくわ。いいやんけ。お前はネーリに好かれとる。お前の魅力で口説き落としてなんとかせぇや」
「いいよ。分かった。この件では正々堂々と敵対しよう」
フェルディナントは穏やかな表情でそう言うと、文をもう一度見た。
「オヤジが珍しく絵を欲しがったって描いてあったな。それもホンマ珍しいことなんやで。絵なんか今晩の夕食より興味ない奴や」
国王が珍しく自分の寝室に飾りたいと言ったのだが、王妃は自分の執務室に飾りたかったので、奪い合って少し喧嘩になったと書いてあった。結局弓競いで決着をつけたのだという。
「親父は海の上では絶対誰にも負けへんが、陸じゃ王妃には敵わんわな」
何だかんだと言って、仲のいい夫婦なのだろうと伝わってくる。
きっと、ネーリがマドリードの宮廷に行っても、大切にしてもらえるだろう。
そのことは、安心した。
「じゃあこの文は預かるよ」
「覚悟しとけ。フェルディナント。うちの母親無駄な浪費は絶対せぇへんが、自分で払うと言い切った時の金払いは容赦ないからな。調子に乗って張り合うと、例えお前でも破産すんで」
気を付ける、とフェルディナントは上着に手紙を大切に入れた。
「ほんでそのシャルタナがどうしたんや?」
「例の警邏隊を私兵団化してる有力貴族の一人かもしれない」
「ホンマに? ……俺が渡した警察の資料は?」
「とても役に立ってる。身元不明者の照合は何年も資料を遡らなきゃならなかったから」
「そうか。良かったな。俺は城におっても全然誰の役にも立ってへんなー思ってたけど、今回お前の役に立ったなら王宮におった甲斐があるわ。スペイン駐屯地の件ではお前に助けてもらった。少しは恩が返せたかな」
「十分すぎるほどにな。そうだ、スペイン駐屯地の件で思い出した。先日街で警邏隊を襲った奴は、スペイン駐屯地に現われたのと同一人物かもしれない」
「ホンマか?」
「同じ武器を使っていたことは確かだ。現場で例の『矢』が発見された」
「ということは……その仮面の男が二人いるってのが確かだとしたら」
「お前が塔で会ったのが、俺とも遭遇した方だとしたら、塔から落ちて死亡している。ラファエル・イーシャと遭遇し、森に出た方がスペイン駐屯地に出た方なら、一応は予想が当たったということになるな」
「じゃあラファの方に出た奴も海に飛び込んだって言ってたけど、そっちは生き延びたってことか」
「今のところはそうなるな」
「姿は見てへんのか?」
「見ていない。殺された遺体が発見されただけだ」
「……そうか。スペイン駐屯地に出た方の奴は相当残虐な奴や。そっちが逃げたとなると、益々不安やな、今日の夜会……。まあ門のとこで身分確認はしとって同伴者無しじゃ入れんことになってるから、外部から変なのが入り込むっちゅうのは可能性低いが、この前もどっから入ったねんってとこから奴ら侵入して来たからなあ。
一応森と、湿地帯側は今日も固めとる。
普通に考えたら湿地側帯やって無理やで。あそこは海から侵入して城に入るためには城壁を上らなあかん。本当は侵入経路にはならんのや。
けど前回もどっから入ったか分からんから念のため守備は固めてる。
ここの駐屯地も港があんねん実は。長い間使われてへん奴やけど。
せやからそこにも今日は守番立たせてるわ。現実味はないけどな」
「お前ならどこから侵入する?」
イアンは腕を組んだ。
「そうやなあ……。俺もあれから何度も何度も奴らの侵入経路を考えとるんやけど、やっぱどう考えても客に紛れて入るしかないわな、って思うんやけどな……。ただ、俺の方に出た方は森から現われたのが気になるな。そう見えただけかもしれんけど。なんかに紛れて城に侵入したあと、森沿いに身を隠しとったのかもしれんし」
「そうか……。俺も奴のことは少し気になる。王宮の仮面舞踏会前に街で事件を起こしたというのがな」
「どういうことや?」
「そんなことをしたら警戒を強めて、城の夜会が中止されるかもしれないだろ」
「それが目的なのかも」
「……城に忍び込むのではなくか?」
「ヴェネト外からもかなり貴族が招かれとるやろ。夜会が中止されたら、各々がホテルやら私邸やら……船やら、そういう場所で待機することになる。こいつら全員警護するのは手間や」
「他国からの賓客は狙わないだろう」
「国に混乱を起こすことが狙いなら、狙うだろうけどな」
イアンはソファの上で胡坐を掻いた。
「つまりそういうことが狙いじゃないんだろう。単なる反乱分子じゃない。こいつらは王宮地区の巡回警邏は狙ってない。今でもあいつらは活動してるのにだ。警邏隊だけを純粋に狙ってるなら、巡回警邏を狙ってもいいはずだ。だがあいつらのことは狙ってない」
「街の警邏と王宮の巡回警邏じゃ、所属も仕事内容も違うからな」
「……やはり街にたむろする警邏隊が奴らの狙いなんだろう。それも、市民や街の者に危害を加える連中が狙いだ。今まで証拠が出なかった奴もいるけど、もしかしたら証拠が出なかっただけで、奴らが握ってる情報に基づいて襲撃を行っていたのかもしれない」
「……。国を憂う者か……。やっぱり【有翼旅団】の連中なんやろか……」
「分からないな。ネーリにももう一度【有翼旅団】のことを聞いてみた。前王のことは見知ってはいたよ。街をうろついてたらしいからな。祖父とは特に友人というわけではなかったらしいが【有翼旅団】の連中のことは、ネーリは少し知ってるようだった」
イアンが少し押し黙ってから、口を開く。
「……ネーリの例のケガ、もしかしたらそいつ絡みのゴタゴタなんちゃうか? 狙われたとかじゃなくて、なんかあったのかもしれん。ネーリは犯人を知ってそうだがお前に話さんかったんやろ? 例えば、連中は警邏隊を狙ってるけど、ネーリは今、神聖ローマ帝国軍が街を警護してるのを知っとる。今はお前らに任せて、何もしないで欲しいとか、止めたのかもしれん」
「……。」
「【有翼旅団】が警邏隊を襲ってても、ネーリはさすがにお前に言えんやろそれは。
お前は街の治安を守らなあかん。けど、多分【有翼旅団】の連中も信念を持ってやっとるのだとしたら、やめてくれとも言えんやろし……奴らが警邏隊を襲ってるけど、黙認してくれとお前に言ったってそれはお前、いくらネーリの願いでも叶えられへんやろ」
「それは……確かにな」
ネーリが、どうしても言い出せなかったことは【有翼旅団】のことなのだろうか?
前王と一緒に戦った騎士たち。
「確かに、ネーリは【有翼旅団】に、見知った人間もいると言っていた。王妃から、海上で商船を襲うそいつらを捕まえてほしいと言われたと話した時、絶対に同じ名を名乗った別の連中だと言っていた。奴らはいい奴らで、人を傷つけるような連中じゃないと。
知り合いがヴェネツィアにいるとは言っていなかったが……王が去ったあとは、奴らもやはり散り散りになったらしい。
元々多国籍軍だったようだ。
ユリウス・ガンディノは他国からも、勇士を募って船団を組織していたから。
彼らはそれぞれの母国に去ったとネーリは言ってた」
「……だから例えば、彼はそう思っとったが、街に戻って来た連中が何人かいるんや。全員やない。一握りの奴や。ネーリはヴェネト中を歩き回っとったんやろ。それで、なんかもしかしたらどこかでそいつらに遭遇したのかもしれん。やつらも今の王宮のやり方を許せなくて行動を起こしてるから、止められなかったけど、秘密にはしとった。
でも、お前がヴェネツィアに着任したから、今は行動を起こさんで欲しいって頼んで……それで、別に殺意はなかったかもしれへんけど、なんか怪我させられたのかもな」
「ネーリは干潟の家に倒れていたんだ。海に浸かった痕もあったから、怪我をさせられたあと、身体を海に投げ捨てられたんじゃないかとうちの軍医も言ってた。仮に、そういう問答があったとして、刺したネーリを放っておくのが善意ある者のすることか?
フェリックスが俺を呼び覚ましたんだ。あいつに呼ばれた。
フェリックスがネーリを助けなければ……彼は死んでたんだ!」
テーブルを強く打ち付けて、フェルディナントは苦い顔をした。
立ち上がる。
「……悪い。お前に当たるつもりはなかった」
イアンはソファの背もたれに頬杖をついて笑った。
「別にかまへん。ネーリを傷つけられて、お前がブチ切れる気持ちは俺かてよく分かる。
本人が相手を知っとってお前に対して庇っとる。……いたたまれへんお前の気持ちもな」
彼は優しい声だった。
「……ネーリは、また同じことは二度起こらないはずだと言い切ってた。あいつは、あんな重傷を負わされても、相手のことを信じ切ってるんだ。自分が望んでないに関わらず、巻き込まれた運命があり――、そのことで、俺に告げられないことがあると言ってた。言いたくても、言えないことがあって、選ぶことも出来ず知らずのうちにそうなってたと」
「……ネーリがそんなことをお前に言ったんか?」
「ああ……。」
「……あの子の出自も少し変わってるよな。教会の世話になって生きてきたとは聞いてるけど。ネーリはいい子だし、頭もいい。それに絵を描く才能もある。祖父と死に別れた時六歳くらいって言うとったやろ。あんな子なら引き取って養子にしたいっていう人かていたと思うんやけど……」
「そうだな……」
「いつくらいからあんな絵描けるようになったんやろな?」
「ヴェネトを回ってた時のスケッチを見せてもらったけど、すでに凄かったぞ」
「両親は流行り病で亡くなったんやったっけ?」
「ああ。そう言ってた。でも、もう記憶にも残ってないくらいらしい」
「そうなんか……」
「……もし【有翼旅団】とネーリが古い知り合いだとしたら……確かに俺には喋らないだろうな。家族を持たない彼にとって、……きっと大切な人間もいるんだと思う」
「そうやな。こういう事件とは関わりなく、助けてくれたり支えてくれる人間はいたのかもしれへん。スペイン駐屯地のことは、ネーリに話したんか?」
「詳細は控えたが、三人が殺されたことは話した」
「そうか……。驚いてたか?」
「驚いていたというより、ショックだったみたいだな。……不安そうだった」
「……。この夜会が終わって、お前の街での捜査がひと段落してからでいいから、落ち着いたら【有翼旅団】のこと、俺がネーリに聞いてみてもいいか?」
「お前が?」
「いや。ネーリは俺よりお前のことを信頼してるのは承知や。けど、せやからお前に話さんこともあると思うねん。俺なら適度に他人やから遠回しに聞けば話すかもしれんやろ。お前とは縄張りもちゃうし。もしかしたらやけど」
「そうか。……確かにそうかもしれないな……」
「安心せえ。無理に聞き出したり尋問めいたやり方はせぇへんよ」
「いや。そういう心配はしてないよ。分かった。ネーリが構わないなら、話してみてくれ」
シャルタナのことが分かったら、フェルディナントはイアンにリストの件も話そうと思っている。今は、調べたいリストがあるということしか言ってないが、別に秘密にしているわけではなかった。
フェルディナント自身、どうすればいいのか、心の整理がつかないのだ。
だがイアンがリストにネーリの名前があると知れば、きっと先にヴェネトから避難させた方がいいと言うだろう。フェルディナントもそう思っている。シャルタナ家の捜査を含め、リストに関わる人間の逮捕が進む間は、せめてその間はネーリを他国にやりたい。それが本音だ。
皇帝も皇妃も、きっとネーリを庇護してくれると思うが、イアンの所は兄弟も多く、王と王妃もネーリのことは気に入ってくれたようだ。しばらくスペインに滞在するのもいいと、彼が自然に思ってくれるのなら、それでも構わないのかもしれない。
「そうや。渡しとく。城下町で手に入れた、ヴェネツィアの仮面」
「ありがとう」
「俺は暇やけど、死んでもこんなふざけた仮面でこの男前の顔隠したくないから、今日は城案内出来ひんけどええんやな?」
「今日はドラクマ・シャルタナの顔を確認するのが目的だからいい。それくらいはラファエル・イーシャに頼むよ。六大貴族の顔を知りたいとだけ伝えてあるし」
「今日は無理だけどそんなもん俺に頼んでくれてええんやで。あんな奴どう考えてもお前仲良くなれんタイプやろ」
「お前にはリストの件で頼みごとをしたからな……何でもかんでも頼むのも迷惑かと思って」
「なんや。そんなこと気にせんでええのに。お前は真面目なやっちゃな~」
「……仮面の男が二人いるとして……一人がこの前塔から落ちて死に、もう一人は生き延びた。再び街に姿を現わし、警邏隊を殺した。こいつは駐屯地で警邏隊三人を残虐に殺した奴だ。たった一人になって、暴走を始めなければいいが」
丁度その時城の聖堂の鐘が鳴った。そろそろ来賓たちがやって来始める頃だ。
日が暮れていく……。
「……何も起こらないのを祈るだけやな」
スペイン駐屯地で警邏隊の三人を殺した手口を、イアンは実際に見ている。あれを単独でやったなら、相手はただ者ではない。少しだけ彼は声を低くして呟いた。
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