すみません、ドッペルゲンガー
@sharan0722
4月
大学2年生に進級し、1年間の都会での一人暮らしに慣れてきた頃。私の生活はここから徐々に変化していった。
桜も新緑の色を交えながら一つの季節の区切りとしての役割を終えそうな時期。今頃になってお花見をしようと学友から誘われ、近くの小高い丘で場所取りのために、レジャーシート片手に歩いていた。丁度、町を一望できる日当たりのいい斜面を見つけ、そこにシートを広げいったん腰を下ろし、場所を連絡する。
緑を含んだ桜は、桃色一遍だった春特有の白飛びした明るさを落ち着かせ、太陽光を優しく反射し、むしろ今のタイミングのほうが、静かさや眩しさが薄れてきて、学友とのんびり駄弁るのには向いているのではないかと思う。
「おまたせ~。飲み物食べ物おやつそろい踏みで買って来たよ~。」
両手に少し膨らんだビニール袋を持った、春特有の薄手のシャツに厚手の上着、長袖のジーンズに少しだけ厚底のブーツを履いた、いかにも大学生らしい女子がトコトコ近づいてくる。
彼女は、出席番号が前後の関係で、入学式の日、後ろから私に声を掛けてきたから、話をしているうちに日常の多くの時間を共にするようになった存在だ。彼女のおかけで私は一人にならず、退屈とは程遠い日々を過ごせていたと思う。
「開花シーズンから少しずらして正解だったよ~。雲一つ無いし、人もほとんどいないからゆっくりできるね~。」
彼女は私と同じ、町のほうを見ながらビニール袋を漁る。おにぎりと清涼飲料を取り出し、ペットボトルのキャップを緩めてから、おにぎりの封を開ける。海苔の端から米が零れ落ちないよう丁寧に両手でおにぎりを持ち、にこにこしながら頬張る。私も袋から紅茶とサンドウィッチを取り出し封を切る。休日の、日中の、何とも言えない麗らかな時間をのんびりと過ごす。
「それじゃ~。またね~。」
丘のふもとまで一緒に降り、彼女とは別方向に歩き出す。朝から集合して結局15時くらいまでのんびりしてしまった。彼女の緩やかな性格は、少し硬い私の脳をほぐすように柔らかくしてくれる。そのせいで日を跨いで帰宅したことが何度あっただろうか。しかし、今回は彼女のアルバイトを理由に節度ある休息が得られた。とは言え、この後の私には何も予定がなく、ただ家に帰るには少し惜しくも感じる時間なので、どこか喫茶店のような場所で、小説でも読んで時間を潰そうかなと思う。
都会の町、といってもここ。は渋滞はびこる喧騒に包まれ、人の往来で吐き気を催すような中心街とは離れ、想像得易い住宅街。大都会には二駅で行けるし、そもそも娯楽を講じる以外は、この町で完結してしまうような住宅街。歩いて行ける距離にスーパーがあり、あり得ないほど近くにコンビニエンスストアが乱立し、小中高大学が駅のホームから見えるような住宅街。私の家はこの町の、駅から徒歩5分。大学から徒歩12分の4階建てのマンションの一室を借り、そこで大学生活を享受している。
都会の住宅街なので、もちろん歩くだけで時間を潰せるような場所は山ほど見つかる。私は安いと思える金額で、紅茶を提供してくれる喫茶店に入り、窓際の席について店内を舐めるように見た後、雰囲気に飲まれないよう心を落ち着かせ、紅茶とホットサンドを注文した。紅茶を一口。ホットサンドを完食した後、鞄から厚くはない本を取り出し、中程で本を開く。時間があるときは小説を消化し、また新しい本を探すために本屋を渡り歩く。私の趣味であり娯楽でもある。
小説が十数ページ進んだ頃。窓の外に影を感じ、目線だけそちらに送る。どこか見たことある顔だったのだろうか。なぜこの時の私は、小説を縦に鞄にしまい、お釣りを出さない会計を瞬時に済ませるほどの俊敏な動きができたのか分からないが、兎に角、急いで影の後を追ったことは鮮明に覚えている。違和感。他の人からは感じられない気配、有名人のオーラや先生のような特別な存在とは違う。不気味で掴みづらい、近づきたくもない気配。私は、どうしても確認しなくてはいけないと思い足を速める。
交差点を右に。ここはよく小学生が通る道路を直進。大学に行く道とは反対の方向へ曲がる。横断歩行で止まった影に、少し息を荒げながら声を掛ける。
「すみません。少しいいですか。」
影の背中に声をぶつけ、振り向いてくれることを刹那に願った。
「はい。なんでしょう。」
私はその横顔に視線を合わせ、確信を得る。
正面を向いたとき、朝、毎日見る顔と出会う。
間違いない。目の前にあるのは私。
私と同じ顔の人間に出会った、4月だった。
すみません、ドッペルゲンガー @sharan0722
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