第4話

「迷いなどない。一目見た瞬間に、私の姫だと分かったのだぞ」


 机を激しく叩いて立ち上がった天王寺は、らしくもなく怒りを露わにし、浅見の方が冷や汗を浮かべてしまったほどだ。

 言い方は悪いが、天王寺は喜怒哀楽を激しく表現するタイプではない。どちらかといえば、感情が掴めない、無感情体質なのだ。それが、こんなにも激しく怒気を纏ったことに、恐怖さえ覚える。


「尚人」

「すまぬ、つい感情的になった」

「本気なのか?」

「私は姫に会うために、現在まで生きてきたと思えるほどの運命を感じたのだ」


 真っすぐに見つめる瞳が本気の色を纏う。

『恋人』これはかなりの難関。ノーマルな相手が同性愛を受け入れられる可能性など、ほとんどないだろうとは思いながらも、天王寺の想いを何とかしてあげたいと、浅見は出来る限りの努力はしようと、この時心に誓った。

 せめて、どちらも悲しませないようにしたいと。


「では、お茶に誘ってみたらどうだ」


 姫木のプロフィールを眺めながら、浅見は甘いものを用意して誘ってみたらどうかと、持ち掛ける。


「根拠はあるのか?」

「ああ、ここに甘いものが好きだと書かれている」


 プロフィール欄に、甘党と記載されているのを見つけた浅見は、ひとまず好物を用意してみたら何か接点ができるのではないかと助言する。

 それを聞き、天王寺は携帯を取り出すと、アドレス帳を開く。それからしばらく誰かと会話をして、満足げに電話を切る。

 隣で聞き耳を立てていた浅見は、ため息が零れそうになって、口を閉じる。

 天王寺がどこへ電話をかけたかというと、都内某所の高級ホテルだ。しかも明日までに30種のデザートを用意し、学校まで届けるように言い伝えた。


「30は多いぞ、尚人」


 いくら甘党とはいえ、誰がそんなに食べるんだと目を細めれば、至極最もな返答が返された。


「姫の好みが分からぬ以上、数を揃えるのがおもてなしである」


 そう、姫木の好みの味が分からないから、数を用意して、一つでも好みのものがあるようにしたいと、天王寺は、これ以上嫌われることを避ける。

 そこまでして気を惹きたいのかと、若干引くが、浅見はそれ以上に、天王寺が恋に落ちるとどうなるのか? そちらの方に興味が沸く。

 今まで、何かに興味を持ったことなど一つもないまま、ここまで成長してきた天王寺。

 もちろん恋などしたことはない。つまり、これが『恋』ならば、初恋で間違いないのだ。

 まあ相手は男の子だが。


「場所はここでいいのか?」

「他に適所はあるまい」


 確かにこの部屋以外にお茶に誘うような場所はないかと、浅見もそれで了承を出す。むしろ外へ連れ出す方が怪しまれるし、断られるだろうから、校内へ誘った方がいいと。


「無理強いは勧めないぞ」


 アドバイス的な忠告を添える。二回も叩かれたのだ、警戒心を持たれていてもおかしくない。誘いに乗らないからと、強引に引っ張ってくるのは駄目だと、初めに注意しておく。この様子だと、無理やり引っ張ってきそうだと先読みした浅見の配慮。


「分かっておる」

「当然だが、もうキスはするなよ」

「自重はする」

「自重ではなく、禁止だ」


 このままでは三度目が起こる。浅見は事件を拡大しないためにも、姫木のためにも、キスはご法度だと強く言う。

 天王寺家や校長などに話が上がらないように、全て演出だと噂を広めるのに、随分苦労していると、心のため息が尽きない。


「愛しいものに、愛を与えてはならぬと申すのか」

「今度こそ、完全に嫌われるぞ」


 結論を言えば、天王寺は難しい表情をして肩を落とす。よほど嫌われたくないようで、わずかに唇まで噛み締めていた。

 天下の天王寺グループの末っ子が恋に落ちたこと自体、事件で間違いないのに、すでに溺愛の予兆まで現れている。恋愛は自由とはいうが、これは危険だと、浅見の脳裏に今頃になって警報が鳴り響く。

 出会い頭に、何かの間違いで突発的にキスをしたわけではなく、どうやら本気で『恋』に落ちたことがわかり、『どうする?』と、浅見は心で自問する。

 軽率に友達を勧めてしまったが、次は間違いなく恋人を要求してくるだろう。果たしてこれは許されるのか? 天王寺のお兄さんや会長に知られたら、どうなる?

 いや、考えるまでもなく、姫木の方に危害が及ぶのは目に見えて分かる。


「……」


 思わず額を抑えてしまった浅見は、天王寺に恋をされてしまった姫木に同情を覚える。だがしかし、このままでは確実に姫木に害が及ぶ。それだけは阻止したいと、浅見はやはり友人にすることを選ぶ。

 友人ならば、許されることも多いと。


「ならば、抱きかかえるのは問題ないか?」


 浅見が一人苦悩しているところへ、小さな爆弾が投下された。キスがダメでも、抱き上げるのはいいかと。つまりだ、抱きかかえてこの部屋まで連れてきてもいいか? そう聞かれた。


「駄目だ」

「では、どのようにして姫をここまで案内すればよいのだ」

「歩かせればいいだろう」

「私の腕が空いておるのにか?」

「お前は、姫木を抱き上げたいだけだろう」


 口づけを禁止され、天王寺は他に姫木に触れることはできないかと模索した結果、それを提示して浅見から冷たい視線を貰う。


「天使のように軽かったのだ。再度抱き上げたいのだ」


 あの可愛い顔をもっと近くでみたいと、素直に欲を口にする。


「尚人、今度は蹴られるぞ」

「何を根拠にそのようなことを申すのだ」

「一般論だ」


 思考回路がズレている天王寺に、浅見はそれが普通の対応なんだと教えれば、またまた天王寺は肩を落とした。本当にどこまで姫木しか見えていないんだと、浅見はため息を零してしまった。

 このまま天王寺を迎えに向かわせれば、更なる問題が起こり得ると判断した浅見は、眼鏡を外して机に置く。


「俺が行く」


 天王寺を行かせて問題が起こるより、自分が行って連れてくる方がよほど安全だと判断した結果だ。面倒だとは思ったが、後始末を任されるよりはいいと、妥協して申し出たが、天王寺から鋭い視線を向けられる。


「よもや、姫を独り占めするつもりではあるまいな」


 横取りを企てているのでは、との疑惑の眼差し。


「面識のない俺が行った方が、怪しまれないだけだ」

「瞳を見てはならぬ、触れてもならぬぞ」

「申し訳ないが、姫木は俺のタイプではない」


 そこははっきりさせておくと、浅見は天王寺に告げる。男にしては可愛いとは思ったが、恋愛対象にはならないと、きっぱりと言えば、天王寺は安心したのか、


「では、頼んだぞ」


 と、浅見にそれを託した。


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