返る

森下 巻々

(全)

「おかえりなさ~い。このお家に帰るのは久しぶりでちゅよね」

 若いお嬢さんがガラガラと音の鳴る玩具を振って、わしを迎える。

 被っていた帽子を手に取って、玄関の壁際の竹細工に、それを掛けてくれる。

 わしは、ゆっくりと、それでも大胆に、お嬢さんの胸に飛び込む。

「どうしたんでちゅか〜あ。おっぱいでしゅか〜あ」

 エプロンにあるポケットから出した大きめのおしゃぶり道具が、わしの口に嵌められる。

「しばらく、これで我慢してくだちゃいね」

 部屋に入ると、わしは、いろいろな動物のぬいぐるみに囲まれた布団の上に、仰向けにさせられる。

「ちょっとだけ、お昼寝しましょうか。ちょっとだけだよ〜お」

 わしは、お嬢さんの言葉通り、入眠したようだった。

 それから時間としては、短かったはずだ。

 気持ちの良いだるさの中で目が開いてくる。

 携帯電話の音が聞こえてきていたのだ。続いて、

「ナリシゲさん、今日も赤ちゃん返りしたいんでしゅか〜あ。今日は無理でしゅよ。絶対に、ぜったいに今日は来ちゃだめでちゅよ〜お」

 業繁は、わしの一人息子の名前であった。大事な跡継ぎの名前である。

   (「返る」おわり)

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返る 森下 巻々 @kankan740

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