7
帰宅してからずっと自室にひきこもっていた翔矢は2時間ほど経ったころ、2階の自分の部屋から降りてきた。浮かない顔で夕食の支度をしていた倉田優子はいくぶん胸のつかえが下りたような気分になった。
黙って夕食を口にし始めた翔矢を見ながら、倉田優子は彼を質問攻めにした。
就職活動や面接のこと、なぜ早く帰ってきたのかなど、優子は息子の心の内を推し量ることよりも自分の不安を解消することに専念した。口を酸っぱくし、いくら尻を叩いても本腰を入れて就職活動をしなかった息子がようやく活動を開始した。遅きに失した感はあるがこのまま無職の引きこもりとなることだけは避けてほしかった。そこそこの大手企業に勤めてくれたらなお良いのだが、この際そんな贅沢は言っていられない。
夫は息子の就職に関してほとんどアドバイスらしいアドバイスをしなかった。頻繁にリストラがおこなわれている会社に勤めている夫にそんな余裕など無いのかもしれないが、概して夫は息子に対してあまりモノを言おうとはしない。娘の美咲に対してはなおさらだった。どちらかと言うと息子よりも年下の割にしっかりしている娘にはそれでいいのかもしれないが、同じ男同士で親子だというのに翔矢に対して何も言わない夫の姿に優子は歯がゆさを通り越して苛立ちを感じていた。
自分の傍らに立って質問を続ける母親に対してほとんど返事をせず、何か思い詰めたような顔で黙々とカレーライスを食する翔矢の表情に変化が訪れたのは玄関のドアが開く音を聞いたときだった。
「ただいま」
妹の美咲の声が聞こえた。優子は娘が部活で遅くなることは知っていたが、時刻はすでに8時過ぎだった。これまでどんなに遅くとも7時前には帰宅していた娘が一時間以上も遅く帰ってきたことに違和感を覚えながらも、今は翔矢の方に気を取られていた。
その翔矢が玄関のドアが開く音を聞いた途端、カレーライスを黙々と掬って口に運んでいたスプーンの動きが止まった。そして「ただいま」という美咲の声を聞くやいなや、皿にカレーライスを半分近く残して「ごちそうさま」と言いながら立ち上がった。
いつも食事は残さずに平らげる几帳面な翔矢の不可解な行動に疑問を感じて言葉を発しようとした母親の優子は、部屋に入ってきた美咲の声に出鼻をくじかれた。
「あ、こんばんわ」
美咲は勉強の成績も良く、学校での人間関係も良好だった。何より優子の躾が良かったからか物腰や言葉遣いがていねいで礼儀正しい。贔屓目に見るわけではないが自慢の娘だった。しかし母親と兄しかいないところで夜の挨拶をする必要など無い。その不自然さに年頃の娘を持つ母親である優子は敏感に反応し、2階の自分の部屋に向かおうとする翔矢よりも美咲の方に気を取られた。
「遅かったじゃないの。どうしたの?」
優子の問いかけに美咲は何か言おうとしたが、食卓の方にチラチラと視線を向けながら口ごもった。
「うん、ちょっと……」
「ちょっと、何なの?」
気色ばんだ母親の様子に慌てながらも、美咲の視線は食卓の方に向けられていた。
そこにはさっきまでの翔矢と同じように椅子に腰掛けてカレーライスを食している沢渡がいたのである。
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