いつもののファッションではなく、出で立ちだったが、女性は妹の美咲に間違いがなかった。他人の空似というにはあまりにも似すぎている。

 美咲の隣にいる男はオールバックの髪をグリースで整え、耳からピアスをぶら下げていた。黒い革ジャンの下にある白いTシャツの襟元から何かのタトゥーの端部が見えている。30歳前後と思われるその男の身のこなしや顔の表情にはどことなく剣呑なものが宿っていた。反社関係の人間かもしれない。

 美咲は今朝、翔矢が家を出る少し前に出かけたのだが、そのとき「今日はバレーボール部の部活で帰るのが遅くなる」と言っていたのを翔矢は耳にしていた。本当なら今ごろ高校の体育館で汗を流しているはずなのだ。

 翔矢はとっさに駅の売店の陰に隠れて美咲と男の様子をうかがった。二人は無言で地下鉄の駅へと向かって歩いていたが、その駅から出ている電車がラブホテルが立ち並ぶ街の最寄りの駅にも停車することを翔矢は知っていた。

 まさか――

 美咲の真面目で子供っぽい普段の姿を見慣れていた翔矢は、よりによってメンタルが凹んでいるときに妹の意外な一面を目にしたことで混乱と不安に苛まれていた。兄として妹を引き止めねばならない。少なくとも部活をすっぽかしてこんなところに居る理由を問い詰めるぐらいはしなければならないだろう。

 だが翔矢は妹に声をかけることすらしなかった。連れの男の剣呑さに圧倒されていたのである。妹がその男とどこかへ行くことを阻むのは相当なリスクが伴いそうだった。衆人環視の中で男と揉める可能性がある。場合によっては暴力沙汰や警察沙汰になるのではないか。自分が軽はずみな行動にでたばかりに妹はもちろん、母親や父親に迷惑をかけることになるような気がした。

 結局、翔矢は美咲が男と雑踏の中に消えていくのを見送った。タチの悪いならず者国家に近親者を拉致される身内のような気分だった。

 そのまま自宅へ向かう電車に乗って翔矢は帰宅した。玄関でひどく顔色の悪い翔矢を見た母親の優子は驚いた。

「何があったの?」

 母親は息子の就職活動がいかに惨憺たるものだったかを悟ったが、問題はそればかりではないということに彼女は気づいていなかった。

「なんでもないよ」

 低い声でそう言いながら新調したビジネスシューズを脱いだとき、翔矢の目から涙がこぼれた。

「どうしたの? 大丈夫?」

 面接官に圧迫面接を受けて辛い思いをしたのだろうと思った優子はいたわるように声をかけた。

「ほっといてくれよ」

 呟くように言うと、そのまま翔矢は2階にある自分の部屋へ向かった。





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