つま先から見る彼女

@kaku10

第1話大好きなポジション

キラキラと雪が舞い降りる。


街はこれから迎えるクリスマス、年末年始に大いに賑わいをみせていた。


「ーっはぁ…寒いなぁ。何か温まるものを買おう。」


そう呟いた僕が向かったのは一般庶民御用達の普通の服屋。


ここで買うのは愛する彼女への贈り物だ。


いや、それほど大層な物でもないな。こんな安物だ、一時の寒さ凌ぎにしかならないだろう。


それでも。きっと彼女は笑って”ありがとう”と言ってくれるはずなんだ。


店「ありがとうございました〜。」


「気に入ってくれるといいな。」


店員さんの明るいお見送りの言葉と共に店を出た僕の手には、少し大きめの紙袋がある。


中身はセーターにマフラーとコート。それと浅葱色のピアス。彼女はとてもクールな人だからこの色がとてもよく似合うんだ。


「ドラッグストア…。そうだ、ここ数年酷く乾燥してるからクリームも買っていってあげよう。何も言わないけどきっと悩んでるはずだから。」


彼女の笑った顔を思い浮かべて店内に入る。店員さんと相談して保湿に強いボディクリーム、化粧水、乳液…それからハンドクリームも買って。


外に出た僕は店内との温度差に身震いをしながら、白い息を吐いて彼女の待つ家に急いだ。


「ただいまぁ!外、雪降ってるよ!」


「…」


「あれ、寝てたかな…いや起きてる?遅くなってごめんね。これ、寒いからさ!君にどうかな…って。クリームも買ってきたんだ!今塗ってあげるね!」


ガチャリと開けた扉の先には目を瞑った深い黒色の綺麗なロングヘアーを肩に流す彼女が椅子に腰掛けている。


お気に入りのワンピースを着て、足を丸出しにしているんだ。さぞ寒いだろう。僕はすぐに買ってきた服をかけてあげてマフラーも巻いてあげた。


でも…よほど眠かったのかな?目を閉じたまま返事がない。


「あぁ…こんなに冷えちゃって。ボディクリーム、足から塗ろうね。君はとても綺麗な足だからこんなに乾燥させちゃダメだよ?」


「…」


掌で温めたクリームを、僕が大好きなつま先からゆっくりと塗って彼女を見上げる。


下から見上げられるこのポジションが僕は一番大好きだ。


彼女のつま先が一番大好き。照れた顔もちょっと不機嫌な顔も全部を見れるここが…


ガチャ!!


「…あれ?和樹?どうしたの?」


和「はぁ…っはぁっ…やっと見つけた!!お前ーっ!!」


うっとりとして彼女に触れているこの幸せな時間に突然開いた家の扉に驚いて目を向ければ僕の親友が、この寒さも関係ないと言うほどの汗をかいて飛び込んで来た。


どうしたのかな?急用?


なんだか老けたな、和樹。


「来るなら連絡くれよ、彼女もビックリするだろ?」


和「ーっ!!目を覚ませバカ!!お前の彼女は…とっくに死んでる!!」


「…?」


なにを…言ってるんだ。いくら親友でもさすがに怒るぞ。


死んでるわけがない。だってほら、さっきまで寝息立ててたんだ。


乾燥も気にしてたみたいだからクリームも買った。そんな人間味溢れる人が死んでる?


バカを言うな。


和「死んでるんだよ!!お前の彼女は…五年前、通り魔に刺されて!!あの事件の犯人は捕まってる。被害者も多くいた!…その内の一人だ…。」


「なにを…静かにしてくれ。彼女は寝てるんだ。起こしてしま…う…」


僕の肩を掴んで必死の形相で詰め寄る親友をはじく。


起きてないか心配して振り向いたんだけど…。あれ?おかしいな。彼女のいた椅子に誰もいない?


…いや、いるにはいる。


痩せこけて髪もボサボサで抜けて…黄土色をしたミイラが。


足を見ればつま先だけボロボロでとれている。


あれは誰だ?


和「お前は五年前、彼女の遺体と一緒に消えたんだ。ずっと探していた…さぁ行こう。警察も救急も呼んである。もう…お前も彼女も楽になるべきだ。」


「…ウソダ…」


ズカズカと警察が入り込んでくる。


よく見ればここは物置…?ボロボロで隙間風も酷くてとてもじゃないが住めるところではない。


なんで…どうして…


「ー…」


ーバタン…


和「おい!?大丈夫か、おい!!」


親友が…僕を呼んでいる…


どこから?あの物置から。


…違う。これは夢なんだ。タチの悪い夢。目が覚めればきっと、怖かったと言って笑えるからー…



「ここは…」


「起きた?おはよう。」


「!」


目が覚めたそこは、僕の家だった。


あぁそうか、やっぱり夢だったんだ。


だってほら。彼女が笑って僕を撫でてくれてる。おはようって声までかけてくれてさ。


「…怖い夢を見たんだ。君が死んでしまう夢だ。もう二度と、あんな夢は見たくないな。」


「そっか。」


「うん。そうだ!オススメのボディクリームがあるんだよ。塗ってあげるね。」


「ふふ。そう言ってまたつま先から見上げるんでしょ。」


「バレてる。君を見上げられる絶好のポジションだからね。」


あぁ、柔らかい。夢で触れていたミイラとは全く違う。


あれが夢で本当によかったー…。


「はは…それでね、警察が乗り込んで来て!」


「…」


「僕倒れちゃったんだけど、起きたら夢でしたって言うつまらないオチなんだ。」


「…」


和「っ。先生…あいつは…」


先「人形を亡くなった彼女だと思い込んでいます。ここが精神病院だと言う事も分かっていない。…もう、彼は戻れないでしょう。」


和「そんなっ!」


先「幸せな夢の中にいさせてあげた方がいいのかもしれない。少なくとも、彼はそれを望んでいる。」


和「…そんな…」


綺麗なつま先だ。


二度と、君を失いませんように。


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