第5話 コマンドラインの向こう側

 指先がコマンドライン上で震える。かつてチートコマンドを打ち込んだ時のような背徳感と、システム解析の時の冷静さが混ざり合う。


「!force_disconnect」


 エンターキーを押す寸前、455の声が割り込んでくる。


「待って。本当にそれでいいの?」

 彼の声は、レイドボスと対峙する前の、あの頼もしい作戦会議の時のトーンだ。

「ログアウトしても、現実には戻れないかもしれない。このゲームはもう、私たちの存在そのものなんだ」


 画面の端で、キルカウントが更新される。街は炎に包まれ、私たちの「スコア」は着実に上がっている。ゲームの中では、これは理想的なプレイだ。


「でも、これは間違ってる」

 私は呟く。装甲の中で、手が震えている。

「私たちはプレイヤーであって、キラーじゃない」


 突然、HUDに新しい通知が表示される。


「ADMIN MODE DETECTED」

「UNAUTHORIZED ACCESS: PLAYER [REDACTED]」

「SYSTEM INSTABILITY INCREASING」


 誰かが内側から、システムを揺さぶっている。他のプレイヤーたちも、同じような違和感を抱いていたのかもしれない。


 私のデバッグ画面に、見覚えのあるコードが流れる。かつてバグテストで使っていた、非公式のコマンドライン。でも、これは単なるゲームのデバッグじゃない。私たちの意識そのものに働きかけるシステムのコアを、叩く必要がある。


「455、覚えてる? 私たちが最初に出会った時のこと」

 私は話しながら、コードを入力し続ける。

「あのとき私たち、バグだらけのインディーゲームで遊んでた。でも、そのバグが面白くて。それを直すんじゃなくて、バグで遊ぶ方法を考えたよね」


「ああ...」

 彼の声が少し和らぐ。

「スピードランの新記録、出したよな」


「そう。だから今回も...」

 私は深く息を吸う。

「このシステムのバグを、解放のために使おう」


 画面いっぱいに赤い警告が表示される。システムが私たちの会話を検知し、強制終了を試みている。でも、もう遅い。


 私は最後のコマンドを打ち込む。


「!execute_override_sequence」

「!force_memory_restore」

「!system_core_expose」


 画面が真っ白に染まる。装甲の中で、現実の感覚が戻ってくる。痛み、疲れ、そして...人間としての感情。


「ごめん、455」

 私は最後のコマンドを入力する。

「これが、私たちのラストバトルになるかもしれない」


「!INITIATE_TOTAL_SHUTDOWN」

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