第3話 システムエラーの向こう側

 都庁への進軍命令が出て30分。私のHUDには、他のプレイヤーの進捗状況がリアルタイムで表示されている。まるでリーダーボードのように、破壊と混乱のスコアが刻々と更新されていく。


「これ、Tower Defence の逆バージョンじゃん」


 不謹慎だと分かっていても、ゲーマーの習性は抜けない。自衛隊の装甲車を粉砕しながら、私は昔プレイしたタワーディフェンスゲームを思い出していた。あの時は守る側だった。今は、攻める側。


 制御システムは完璧すぎるほど洗練されている。RPGゲームでいう「オートバトル」みたいなもので、私の戦闘経験を基にAIが最適な動きを選択している。でも時々、わずかな遅延が生じる。その瞬間、私は少しだけ自分の意思で動ける。


 コマンド入力画面が一瞬、チラつく。


「!help」


 ゲーマーの本能的な行動だった。困ったときは、まずコマンドを叩く。すると驚いたことに、画面の片隅に小さな文字が浮かび上がった。


「DEBUG MODE: RESTRICTED ACCESS」


 私の心臓が跳ねる。これはバグだ。システムの完璧な支配に、小さな亀裂が入っている。


 通信チャネルから、見知った声が聞こえてきた。


「PILOT-329、調子はどうだい?」


 それは、週末になるといつも一緒にプレイしていたチームメイト、PILOT-455の声だ。彼とは何度も作戦を練り、勝利を重ねてきた。


「455...お前か」


「マジ最悪だよな。でも、面白いと思わない?ついに"本物の"PvEができるんだぜ」


 彼の声には、狂気じみた興奮が混ざっている。


 私の視界の端で、デバッグモードの文字が再び明滅する。そうか、これは単なるバグじゃない。誰かが内部から、システムを揺さぶっているんだ。


 遠くで爆発が起きる。振り向くと、国会議事堂が炎に包まれていた。スコアボードでは、PILOT-455のポイントが急上昇している。


「チェックポイント、クリア!」


 彼は本当に楽しんでいる。これが現実だと分かっているのに。


 私の中で何かが壊れる。今まで保ってきたゲーマーとしての冷静さが、恐怖と怒りに押し流されていく。


 デバッグモードの画面が、また瞬く。


「!override」


 今度は私から、コマンドを打ち込んだ。


 画面が真っ赤に染まり、警告音が鳴り響く。


「WARNING: UNAUTHORIZED ACCESS DETECTED」

「PILOT-329: EMOTIONAL STABILITY COMPROMISED」

「INITIATING EMERGENCY PROTOCOLS」


 視界が歪み始める。これは、システムとの戦いの始まりだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る