ササイな話

@Fuji_Araya

第1話「お弁当のササイな話」

 四限目が終わるチャイムの音と同時に、佐々井ささいは横にかけていたレジ袋を机に置く。中は栄養機能食のクッキーバーと、一日分のビタミンが取れるゼリー飲料だ。

 「今日は随分味気ないな」

 横から声をかけたのは佐々井の数少ない友人の一人、やなぎである。

「今日は母さんが忙しくて。金だけ渡されて朝買ってきた」

 なるほど、と柳は頷くと、手に持っていた弁当箱を佐々井の机に置いた。黒の二段式弁当箱とコンビニのロゴが入ったレジ袋が机に並ぶ。一見普通の光景だが、佐々井の卑屈な目にはそれが確かな対比に見えた。

「なんだよ、当て付けか?」

 佐々井は不機嫌そうに柳を見る。

「おいおい、弁当置いただけでそれは無いだろ」

 と柳は苦笑すると、隣の空いている席から椅子を持ってきて、佐々井の机の向かいに置いて座った。

 レジ袋からクッキーバーを取り出す佐々井。

 アーモンドクッキー味のパッケージに印刷された『これ1本で栄養チャージ!』というキャッチコピーを少し眺めると、開け口からパッケージを割いた。一口かじる。甘さ控えめの素朴なクッキーの味の中に、ほのかにアーモンドを感じるような。佐々井はぼうっとそんなことを考えながらクッキーバーをただ咀嚼した。

「なんかホントに『栄養を取ります』って感じの食事だな」

 そう言って柳は自分の弁当箱のだし巻き玉子を一つ頬張る。

 佐々井は彼の弁当箱に二つ入っていただし巻き玉子のもう一つを眺めながら、

「食事ってなんなんだろうな」

 と呟いた。柳はそれを聞いて、厄介そうな目で彼を見る。まるで玉子の味の邪魔をするなと言わんばかりの目だ。

 普通なら酷い扱いだが、柳がこうなるのも無理はない。こういう発言は大体の場合深いことを考えている風に見せるギャグだったりするのだが、佐々井の場合に限ってはそうではない。


 彼は本当に深く考えているのだ。


 佐々井悟は細かいことやどうでもいい事から考えを膨らませてしまう癖がある。時間割やハンドブックの校則を眺めては束縛された生活の是非を考えたり、スカートの下にジャージを履く女子を見て、服を着る意味を考えたりと、とにかく面倒なことこの上ない。

 仕方の無いことではあるが、周りの人達はそこまで考えていないため、心から話せる友達は多くないのだ。

 柳は、

「また始まったか」 

 と呟いた。彼は佐々井の面倒な長考癖にいつも付き合わされているせいか、大体話し始めでその気配を察知できる。

「またってなんだよ! いやよく考えてみろ、お前のだし巻きよりも俺のバーの方が栄養効率も食べやすさも上なのに、なんでそっちの方が良さそうに感じるんだよ? 食べるというのは栄養を摂取するってことじゃないのか?」

 「だし巻き欲しいのか? 普通にあげるけど」

「俺は物乞いをしたい訳じゃない!」

「めんどくさっ」

「おい、聞こえてるぞ。で? どう思う?」

 柳はため息をついた。

「そりゃ市販のクッキーバーより手作りの料理の方が美味しいからじゃない?」

「そう! そこなんだよ! 味覚っていうのは栄養を探知する機能もあって、自分に足りない栄養のある食べ物を食べるとより美味しく感じたりするんだよ。だから……」

「あぁー!! もう、だし巻きはちゃんとした食事だから美味いし良く見えるんだろ? これでこの話は終わり!」

「……ちゃんとした食事?」

 佐々井がそう興味深そうに呟いたのを見て、柳はやっしまったと言わんばかりに頭を抱えた。


「なぁ、なんでだし巻きはちゃんとしてるんだ?」

「いや、ちゃんと人の手で作ってるからだろ?」

「それならこのクッキーバーだって生産してるのは工場の機械かもしれないけど、どこかの工程を人が手がけてるはずだ」

「はずって、だれが何をしてるのか分かってないのに決めつけるのかよ」

「そうだよな。うーん」

 そう言って佐々井はもう一度クッキーバーをかじった。丁寧に、機械的に整えられた味だ。

 やっと大人しくなったかと安堵して、柳が二つ目のだし巻きを食べようとした時、

「なぁ、やっぱり食事の目的は栄養の摂取に違いないだろ」

「またそれかよ。だから栄養以外にも味とか、温もりみたいなのがいるってことでいいんじゃない?」

「俺が言いたいのはそうじゃないんだよ。その味や温もりで得られる愛情も栄養素の一つにカウントすればそもそもの定義が崩れないんだよ!」

「へぇ、ちょっと面白いな」

 柳はそう言うと、咄嗟に思わず「なるほど」と思ってしまった自分が恥ずかしいと感じた。

「そう考えるとこのクッキーバーとゼリーは愛情という栄養が一つも無いってのが欠点になる! よって母の愛を受けた弁当に勝てないってことだ」

「自分で言ってて悲しくならない?」

「なりそうだからこれ以上言及するな」


 そう話しながら二人は昼食を食べていた。すると、

「ねぇねぇ柳! ちょっとこれ食べてみて!」

 と柳に女子が話しかけてきた。彼女は同じクラスの竹本たけもとだ。

「どうしたん? 竹本、なんかくれんの?」

「いいからいいから!」

 竹本はそう言って急かす。

「そんな急かされるとちょっと怖いな。で? どれ?」

「このハンバーグ。まだ使ってない箸で切ったから大丈夫。一欠片食べてみて? 箸あるよね?」

「分かった」

 そんなやり取りを黙って佐々井は眺めていた。その目の奥に嫉妬の炎を灯しながら。

 そう、佐々井は今も絶賛竹本に片思い中なのだ。これは誰も知らない話である。

 陸上部所属で明るく元気な所と、時折見せるお淑やかさのギャップにやられたという。まぁどうでもいいが。

 片思いの女の子と楽しそうにしている友人を妬みながらも、それを悟られないよう隠そうとしている彼の心はまさに乱戦状態だ。

 そんな心情を知ることもなく、柳は恐る恐るハンバーグを一口食べた。

「あ、美味い! ソースとか割と本格的じゃない?」

 柳が褒めると、竹本は恥ずかしそうに俯いた。

 佐々井はまさかとは思っていたが、竹本の反応を見て僅かな疑念が確信に変わった。あれは竹本の手作りだ。

「……実はそれ、あたしが作ったんだよね。 美味しかったなら良かった」

 と先程の元気が嘘みたいに竹本はしおらしく答えた。その様子を見て柳も察したのか、

「そ、そうなんだ。凄いな竹本は、料理もできるなんて」

 と雰囲気が写ったかのように言った。

「いやいや、そんな凄くないって!」

「俺料理とか全然できないからなー」

「そうなんだ。へぇ」

 そこで二人の会話が止まり、二人は恥ずかしそうに黙った。ただ数秒もしないうちに、

「じゃ、じゃああたし行くね、ありがと!」

 と竹本は沈黙に耐えかねたのか席に戻って行った。柳はその背を見ながら、

「意外だったなー。竹本ってちゃんと料理できるんだな」

 と佐々井に話した。佐々井は必死に平静を保ちながら、

「過剰摂取って良くないと思うんだよ」

 とだけ柳に言った。

「過剰摂取? なんの話?」

「わかんなきゃいいよ」

 そう言って佐々井はゼリー飲料の蓋を開けると、飲み口を咥え、袋部分を握りつぶすかのようにして黙々と飲み始めた。

 一日分のビタミン、鉄分にエネルギー。そう書かれたパッケージのどこを探しても『愛情』の二文字、あのハンバーグに込められていた栄養素の名前が見当たらなかった。

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