第2話 出発

そんなことを考えているうちに母の支度が終わったようだった。慌ただしい足音とスーツケースのタイヤが廊下を滑ることが聞こえる。

このタイミングで廊下に出れば出発のタイミングとバッチリだろうと颯人は察したが、何となくバツが悪いので呼ばれるまでは部屋にいることにした。ショルダーバッグにガラケーと最近買った『ハリーポッター』の小説を入れる。

颯人は読書は嫌いではなかった。読書をすると何者でもない自分がまるで魔法を使ったり、空を飛んだり特別な人間になれる気がするから夢中になれるのだ。

ただ、いわゆる陰キャラに思われたくなかったから友達や周りの人には言っていなかった。



「おにいちゃんママが呼んでるー!!」


「んー」


妹のかなえに呼ばれようやく外に出る。


「颯人〜早く車乗って〜」


廊下に出た途端に母が外側から玄関を開けて家の中に向かって言ってきた。


「分かってるよ。」


颯人は小走りで外に出て母が鍵を閉める。外は相変わらずの寒さで空は少し曇っていた。

玄関にある2段ほどの階段を降り慌てて、スタッドレスタイヤを履いたベンツに乗り込む。世田谷の閑静な住宅街にたたずむ颯人の家から青森までは車で8時間もかかる。なので着くのは夜の21時過ぎだと考えれる。

しかし、こんなに時間をかけていくのもあと一二年で終わりだろう。東京から青森県への新幹線がどうやら2年後くらいに開通するらしい。新幹線で行くと、東京駅から3時間弱でいけると言われている。颯人は新幹線に乗ったことがなかったので、2年後に新幹線で祖父母の家に行く日が実は楽しみだった。


颯人とかなえは後部座席、母は助手席で父が運転をする。しかしさすがに8時間父が運転しっぱなしという訳にも行かないので、いつも途中のサービスエリアで母と運転を代わっている。


「ぱぱ、運転おねがいしまーす!」

「おねがいします!」


母が言った後にかなえが続く。これが我が家のルールだった。運転するのは当たり前ではない、無事に目的地につけるのは運転手さんのおかげだといつも言う。しかし颯人はこの日、反抗期の反抗がいつもに増して酷かったため、『お願いします』を言わなかった。


「颯人、ちゃんと言いなさい。」


母がキツめに言う。

しかし颯人は無視を通すことに決めた。


「反抗期だかなんだか知らないけど言うべきことはちゃんと言いなさい。いい?運転するのは当たり前のことではない、無事に…」


また始まったよと思いながら外の景色を眺めて耳にお説教が入らないようにした。

母は礼儀などに厳しい。母は貧乏育ちで礼儀を全く教わってこなかったらしい。しかし、父と出会い世田谷のいわゆる富裕層が住む地域に移住し、ご近所さんの立ち振る舞いや言葉遣い、礼儀の良さに驚かされた。そうして今、周りについていけるように頑張っているのである。



車が動き出して景色が素早く変わっていく。


(ああ、そういえばカンタに返信していなかったな)

颯人はふと思い出し、ガラケーを取り出す

何を打とうか真剣に悩む。その女の子について探るのか、それともスルーして今年もありがとうといったような内容を送るのが大人なのか。敢えて触れないようにしたら逆に嫉妬しているのがバレるのか。とりあえず書いてみることにした。


『今年もあっという間だったな。ありがとう!ところで彼女でも出来たか??どんな子だい』


(うーん、これだとちょっと食いつきすぎてカンタの思う壷じゃないか…?)

そうして颯人は再び書き直す。


『今年もあっという間だったな。ありがとう!ところで彼女が出来たのか?仲良くな!』


これが1番大人の対応だと考えて無事に送信した。

そうして、まだまだ旅路は長いので颯人は眠りにつくことにした。

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