第11話「強欲の悪魔(3)」

前書き

どうもシロニです、よろしくお願いします。




「前回のあらすじ」

心を「勝手に」読んでくるクソババァ。

ババァは悪意を持った何かが迫って来ているとソルたちに忠告する、ババァの忠告に不安を覚えるも教師達は生徒達を悪意の手から生徒達を守ると固く誓う。

しかしまさかの脅威はその日の内に牙を剥いた!どうなってんだババァ!!

そしてリグルディアとソルは襲い来る生徒たちを無力化し、打倒黒幕のために廊下を勇ましく爆走していくのだった。

みんな 男子生徒は持ったわね!! いくわよ!!

◇ ◇ ◇

これはルゥたちがリグルディアたちと分かれた後のこと、クラーベス先生と共にロミオたち4人は窓から差す月明かりと天井の電灯が照らす明るい廊下を学生寮へと向かっていた。


「学生寮まで私が付いていこう、もう遅い時間だから4人とも大人しく寮に帰りなさい、分かったかね?」

「はいッスパパ〜!」

「やめんか、ティム...」


ティム君がニコニコ笑いながら、小っ恥ずかしそうなクラーベス先生をからかう、クラーベス先生はティム君を口では叱ってはいるがお互いにしっかり目を合わせて会話をする様子から、二人の間には良い信頼関係が構築されていることが見てとれた、これも2人のコミュニケーションの1つなんだろうと思う、仲が良くてなによりだ。

そしてティム君はクラーベス先生の養子らしい、しかし…彼は孤児だったいうわけではなく今でも肉親は時の霊峰に住んでいるらしいが、ティム君は自分の過去を私やトウコたちに語ってはくれない、当然クラーベス先生もティム君の許可もなく話してはくれず、ティム君はただ「クソ田舎」の一言を言うだけ。

大分デリケートな問題らしいが今のティム君にそれで思い悩んでいる様子は見られない、悩んでいないのならそれはそれで良いが、何かがあれば気軽に私たちを頼って欲しいものだ、トウコも話してくれたことだしね。


「は〜い」

「アッハハ、ティムと先生いつも仲良いよね」

ルゥ君は2人のその様子を見てヘヘッと軽く笑い自然な笑みを見せる、年相応な幼さが残るその顔がなんとも可愛らしい、こう...とにかく頭をナデナデしたくなってしまうような、そんな笑顔だ。


「お前とクラーベスが戸籍上だが義理の親子の関係とか今でもよく分かんねぇな」

「トウコ、人の姿にもう一度化け直さないのかい?そのままでは寮に帰るまでに人に見られてしまうよ?」

「あ、たしかにお前の言う通りだなロミオ、お前らちょっとここで待ってろ」


トウコはそう言うと私に持たせていた衣服を受け取り、部室の鍵を開け直してガラガラと扉を開けて入っていく、リグルディアたちは屋敷へと帰るために分かれた後でもう見えなくなっていた。


「お前ら!あっち向いてろ!」


部室の中からトウコのハキハキとした大きな声が廊下に聞こえてきてロミオたちの耳へと伝わっていく、心なしか最初に狐へと戻る時よりも恥ずかしさのようなものが伝わってくる声色をしていた、最初はあまり恥ずかしがっていなかったというのに2回目では何故なにゆえ恥ずかしがっているというのか。

それは最初は自身が野干であることを明かすことの方がトウコとしては人前で脱ぐことよりも恥ずかしいことだった、かつそもそもトウコは獣である、全裸になることなどなにも気にならない、この学園に来る前も服は着ずに野生に生きていたのだ。

しかし正体を明かし野干であることを明かした今は、トウコは身内に「あの女は化け術が下手であるが故にわざわざ着脱しなくてはいけない」と。

あの4人に自分の不出来さをこれから化ける時に毎回意識されるということを理解し、今まで何も気にならなかった全裸に不慣れな羞恥心を覚えるようになってしまっていたのだ。


トウコの居る部室の扉から「ボフンッ!」といった音と共に隙間を通って漏れ出た白い妖力を帯びた煙が、ロミオたちの居る方へとモクモクと漂っていく。


「クソ...今までこんなのなんともなかったのに...おい!お前らちゃんとあっち向いてるんだろうな!?」


トウコは煙の中に裸体と少し赤くなった顔を隠しながら、休みの日にロミオに連れられて学園の近くにあるショッピングモールで適当に買った服を着直す。


「向いてるッスよ〜ていうか、そもそも姐御見えないところに居るんだし俺たちが反対側に向く必要ある?」


たしかにトウコは部室にいて私たちからは見えないし、わざわざ反対側を向く必要はないね、しかし...これは素直に言うことを聞いていた方が無難だろうさ、 女心ってやつを理解してあげよう。


「まぁまぁティム君、別になにか悪いことがあるわけでもあるまいし、向いててあげようじゃないか?」

「えぇー?まぁロミオさんも言うなら分かったッスけど」


ロミオとトウコは同時期に入学した同級生である、二人はひょんなことから出会いそれをきっかけにして仲を深めた、そしてリグルディアたちが入学した時期である今年の4月にポップカルチャー部を作るためにルゥとティムの2人に出会い、4人は知り合ったのだがそれはまた別のお話。

さらにトウコとルゥたち3人は歳が大きく離れているのだが学年は1つしか変わらない、それはこの世界にはエルフなどの軽く100年以上は生きる長寿な種族がいる、故に年齢観も平均寿命も種族で大きく異なりほとんどの学校は大まかな年齢層で校舎を分けるからだ。

このマーリン魔術学校も年齢に応じて大まかに組や校舎を分けている、リグルディアたちの校舎も若年層の生徒が通うものになっている。


「...おう、待たせたな」

「あ、終わったんスね?ねぇねぇ姐御、なんで化ける時にわざわざ服を脱いだり着直したりするんスか?」

「あ...?それは...」

「例えばッスよー?こんな風に...」

「おい聞けって、まぁいいけどよぉ」


話を聞かないティムが左腕を横向きに前に出して、手首に着けている腕時計のような形をしたアイテムに着いているスイッチを右手で押す、すると装置の上部に何やらゲームに出てきそうなピコピコ音が聞こえるモニター画面のようなものが現れた。

ティムがポチポチしているその装置はルゥのワイヤレスヘッドホンと同じマジカル社のもので、画面にはメニューやら現在時刻やら、ティムがネット通販で購入したゲーミングチェアのレビューを求める購入履歴やらが見やすくレイアウトされ表示されている。


ティムはデスクトップなどのアイコン類は見やすく、分かりやすく並べるタイプだった、そしてカタカタとまるで機械をいじるように操作するとモニター画面に表示された「呼び出し」ボタンを押す。

すると彼の周囲にサイバー味を感じる召喚ゲートが6つ現れ、そこからさらに6機のティムの魔道式ドローンがゲートを通ってティムの自室からやって来た。

ティムが着けているアイテムは魔術だけでなくドローンの操作やネット決済などが行える多機能スマートウォッチ。

便利なのでクラーベスと出会ってから面倒くさがりになったティムはこれで色々と行っている、エロ本はワル〜イ先輩からこっそり貰ったもので購入したわけではない、クラーベスにでもバレたら即没収である。


「わぁー!ティムのドローンだ!」

「衣服も一緒に魔力とかに変えられないんスかね?」


ティムはドローンを呼び出すとさらにスマートウォッチボタンを操作して変身魔術を行う、実行ボタンが押されるとドローンたちの周囲に神聖文字が次々に浮かびだし、神聖文字が文字列を成すとドローンを円のように囲みゆっくりと回り出す、同時にドローンのレンズ部分から光が放たれティムの全身を光で覆った。

ティムの身体は幻想的な輝きを帯びながら変化し、やがて足元から徐々に光が晴れていくとそこには鳥獣人族へと変身を遂げたティムが得意げに立っていた。

鋭い目つきに黒い嘴、金色の大きな翼に身体を覆う暖かそうな羽毛、衣服は以前に着ていた物とは違い風の谷原産の花の刺繍が施された茶色の腰巻きの中にゆったりとした茶色のズボン、上半身には首に青色のスカーフだけを巻いていた、腰元には元々着けていた好きなアイドルのグッズのポーチがある。


「ジャーン!こ〜んなか〜んじにぃ〜♪」

ティムは軽く歌うような口調で変身を披露する。

「金色の鳥獣人だー!嘴かっこいいー!!」

「フフッ...フッフッフ...もっと褒めるッスよルゥ君」


ドヤ顔でティムはポーズを取っている、魔力化した服の余った分はティムの周囲にキラキラ光る光の粒子としてフワフワと漂い、変身魔術の使用中であることを周りに示していた。

一般的に普及している魔道具を使用しての変身魔術は、仕様上何らかの形で変身中であることを周りに示すことが法律で義務付けられている。


「あぁ...本当に可愛いなぁ〜2人とも」

キャッキャッとはしゃぐ2人の様子がとても愛らしい、本当に...本当に...愛らしくて...たまらなくて...

「ロミオ」

トウコがロミオに向かって軽く呼びかける、その目つきは信頼と共に一応の警戒が込められていた。


分かっているさトウコ、私はちゃんと「獣」を抑えられるとも。


ロミオははしゃぐ2人を見て、愛が度を越えようとしているのに気づき自制をかける、ロミオのインキュバス族は男を愛する種族というのはインキュバスという種族の大雑把な説明である。

インキュバスは「同族」と「同性」を愛するという在り方の種族だが、それが同族以外になると愛するというよりかは「愛でる」というニュアンスになる、つまりは仔犬や仔猫を可愛いと思うのと同じなのだ。

ロミオは、インキュバスとは、どれだけ時が経とうともその根底は魔族であり「人類とは何もかもが根本から違う」のだ、友好的=問題がないではない。

人類と暮らしてまだ日が浅い者は気に入った男性を平気で攫い仲間たちと愛でたり、1度「受け入れてしまう」とそれはもう色々と凄かったりなど、トラブルの前例も世界中で確認されている、インキュバスとサキュバス族は人とは倫理観も異なる「魔族」という存在の1種なのだ。

さらにロミオも含めて「全員悪意が全くない、芽も無い」というのもさらに人類と魔族の共存を難しくさせる要因になっている。


しかしロミオはそれを理解し自身の中の「獣性」を日々自制して、大好きな仲間たちにそれを見せないように徹底していた。

ちなみに詳細は省くが自制を止めてもよくなるとこの小説の対象年齢が18歳以上になる。


そして、この世界の人類には様々な種族がいる。

特に目立った特徴のないトールマン族。

信仰心が強く敬虔けいけんだが他種族を下に見がちの細長い耳が特徴のエルフ族。

低め背に逞しい肉体、男は髭を長く伸ばして編みこみ、女は髪を長く伸ばし編み込むのが特徴のエルフ族とはなにかと喧嘩しがちな、親しみやすい性格が目立つドワーフ族。

好奇心が強く、武術家や芸術家が多い、何かを極めたがる気質が多い、緑色の肌と大きな耳に下顎から生える小さな牙が特徴の亜人型オーク族。

いたずら好きだが義理堅く、約束事やお金に厳しい憎めない性格、幼く見える容姿と小柄な体格の、細長くぷにぷにの耳を持つゴブリン族。

トールマン族は上記と獣人族を含む多くの種族と交配出来るため「基本型」と呼ばれていて、トールマン族以外の上記の種族は「亜人型」と呼ばれ分類されている。


そして獣人、獣人といってもおおよその外見や特徴が一致する亜人型とは違い、多様性と個性に溢れており種族の数が非常に多い。

狼獣人族、鳥獣人族などの「獣」

竜人族、爬虫族などの「爬虫類」

カブトムシ族、アゲハ族などの「虫」

などなど多くのタイプがあり亜人型とは別で 「獣人型」と大まかに分類されている。

亜人型にもオーク族がいるが、獣人にもルーツが同じで短絡思考、だが社会性が強く仲間想いな性格が目立つ猪獣人の獣人型オーク族がいて猪突猛進という言葉の語源にもなっている。

「ワイルドライフ帝国」という野性味と自然溢れる国は人口の90%が獣人らしい、さらにルゥはこの国出身。


さらに世界中の海には海獣人族、魚人族もいて、リグルディアたちが暮らすダイアモンド王国がある北の大陸の南側の海には「コーラルブルー」と呼ばれている「大海の国」がありそこに住む海獣人や魚人族は獣人型で「海の民」と呼ばれる、陸はそのまま「陸の民」だ。


「モッフモフだぁー!暖かそうだねぇ〜」

「フッフッ...暖かいッスよぉ〜?触ってみるッス?」


獣人の種族の多くは身体を体毛に覆われている、種族や住んでいる地域にもよるが時期によって夏毛や冬毛と生え変わるため彼らは基本的に服を「着込まない」何故ならばそもそも体毛があるからだ。

息が凍るほどの極寒な場所でもなければ動きやすい服装を優先し、熱い場所では体毛に熱が籠るため薄着や上裸など着ない者もいる。

しかし街に住んでいる獣人は服を着込む傾向にある、誰だってお洒落に着飾ってみたいのだ。


「姐御〜それでどうなんスか?」


ティムに問われたトウコ、彼女は少しバツが悪そうに頬を掻きながら。

「あぁ...あたしは化け術はまだ苦手なんだ...」

ティムからの問いに答える。


「え...でも姐御今トールマンじゃないスか、違和感ないッスよ?」

「これでもまだ苦手な方なんだよ、服を変化させるのもまだ無理だからいちいち脱いでからやってんの、一応言っておくが化け術は服も一緒に変化させるもんだからな」

「へぇ〜?そうなんスね、全然上手く見えるのに」

「...そうか、あんがとよ」


少し照れた顔を隠すトウコ、私はその様子を見逃さない、トウコもとても可愛らしいね!もう...みんなひとまとめにして抱きしめてあげたいよ!

「んだよロミオ、ニコニコしやがって...ったく、今日は本当に調子が狂う...」


それからも仲良し4人組は仲良く会話をしながら廊下を進んでいく、一方で分かれたリグルディアたちに危機が迫っているとも知らずに...

◇ ◇ ◇

「あぁ〜鳥獣人の身体ってかっこいいッスわ〜でもどうやって飛べばいいのこれ?この両腕パタパタさせれば飛べるッスかね?」

「なんだティム、お前まだ戻らねぇのかよ」


なんスか姐御、別にいいでしょ、鳥獣人のように空を自由に飛ぶのは全トールマンの!夢!

「ティム〜ずっと変身してると魔力が尽きるからそろそろ戻りなよ〜?」

「えぇ〜?でもさぁ〜?」


鳥獣人の腕は人の腕と鳥の翼が自然に合わさったような見た目になっている、早い話がほぼ某ブレスオブザ○イルドのリ○族である。

鳥獣人族の多くは風の谷や山岳地方になどに多く住み、空を飛べるという利点を活かして手紙などの軽い郵便物を配達したりしている。

ダイアモンド王国騎士団にも鳥獣人は所属していて、鳥獣人は弓や魔術などの遠距離攻撃を得意とするため飛行部隊や偵察で日々鳥獣人たちは活躍している、空を自力で飛べるという長所は多くの国が欲する魅力なのだ。

そして鳥獣人の身体は飛ぶ為に必要な筋肉以外は少なく、体重も軽い、しかし「猛禽種」と呼ばれる鳥獣人は例外でその中の1種族である「大鷲族」はデカい、強い、かっこいいの三拍子であり、世界中の男の子たちのハートを鷲掴みしている。


仕方ない、魔力切れになる前に元に戻るッスか。


「えぇ〜もう戻ってしまうのかい?鳥獣人姿のティム君も見ていたかったが、仕方ないかな」

そんなに俺の鳥獣人姿気に入ったんスかロミオさん?じゃあ寮帰ったらまた見せてあげよっかなぁ〜って、なんで上裸なんスかこの人?いつの間に?


「わぁ!?いつの間に脱いでたのロミオさん!?」


いつの間にかロミオはポッカル部に来た時と同じように素晴らしい肉体美を月明かりの元に晒している、地味に胸毛などの体毛も整えられており、清潔感と男らしさに溢れたセクシーな雰囲気を醸し出していた。


「フフフ、ティム君が変身した時に脱いでいたから私もティム君に合わせて脱いだのさ!下は着てたから脱がなかったけれど」

え、俺が下は腰巻きだけだったらロミオさんも脱いでたってこと?んもー魔族ってやつは!いやインキュバスッスかね?ともかく変身直前まで腰巻きだけにしとこっかなって思ってたけど、追加してみて良かったみたいッス。


男性鳥獣人の「モノ」は普段はスリットの中に仕舞われているタイプだ、故にティムは「別に見えないし獣人だしよくね?」と思い腰巻きだけでもいいかなと最初は思っていたが、やっぱり少し恥ずかしくなってしまったので一応履くことにしたのだ。


「ロミオくん...君の種族の価値観を否定するつもりはないが...さすがにやめなさい、ね?」


クラ先困惑してるッス、そりゃあそうッスよね、まぁこれでもロミオさんはかなり人間に合わせてくれてるって姐御から聞いたし、ガチの良い人なんスけどね。


「あ、じゃあここからはあたしは別だな、じゃあなお前ら、あんまり夜更かしすんなよ」


ティムたちは男子学生寮と女子学生寮の2つの入口を前にする、学生寮の前には生徒たちの交流の場にもなっている広場があり、足元は高級感漂う白色の大理石、広場の中央には噴水があり淡くライトアップされていて周りの色とりどりの花が咲く花壇と合わせて幻想的な雰囲気を醸し出している。

広場からそれぞれの道に進むと寮に行くことが出来て、それぞれ寮の外観の色も男性寮は黒を基調としたクールな雰囲気で玄関扉に「黄色」と「紫色」の2本の「胡蝶蘭」の花が描かれたトレードマーク。

女性寮は紫を基調とした上品でお洒落な雰囲気に玄関扉に男性寮と同じ「青色」と「オレンジ色」の2本の「胡蝶蘭」の花のトレードマークがあった。


「うん!おやすみトウコ!」

「おやすみッス姐御〜!」

「おやすみなさいトウコ!今日も良い夢を見れるように祈っているよ!」


「おやすみなさい。それと君たち、宿題はきちんと終わらせておくんだぞ」

クラーベス先生が4人が忘れないようにと注意をする。


うっ...忘れてた...終わらせるまでゲームはおあずけッスか、でも先に風呂にでも入るッスかね。

「ティムが先に入る?いいよ!」


ティムとルゥはクラスは違うが同じ部屋に暮らすルームメイト、元々はそれぞれ2人部屋に1人暮しの状態だったのだが、最近学校側に相談して2人はルームメイトにしてもらっていた。

ルゥは仲良しであるティムがルームメイトになることでリラックスして過ごせて、ティムもド田舎である時の霊峰から城下町に引っ越して来るまで友達がいなかったのでルゥがルームメイトになったことに喜んでいた、ルゥもゲーム好きなので放課後に2人はよく一緒に遊んでいる。

さらに、時の霊峰はダイアモンド王国の隣にある小さなとある村、魔王時代にかつて勇者が使っていたとされる聖剣がその地にて光の巫女を待っている、その為どの国も介入が出来ず「聖剣の一族」という一族のみが住む無法地帯となっている。

時の霊峰についてはほとんど情報が無く、聖剣の一族はかつての勇者パーティーの1人である初代ダイアモンド国王の遺した遺言である「光の巫女伝説」を信じ、聖剣を代々守っている一族らしい。


お?俺が先に入って良いんスか、ルゥ君?よっしゃ!

「あ、お風呂も沸かしとして!僕後で入るから!」


その時、トウコが周りの違和感に気づく、ティムたち5人はいつの間にか姿を現した生徒たちに囲まれていたのだ、全員5人を見てニヤニヤと悪意を感じられる顔で笑っている。

展開はリグルディアたちに似ていたが、こちらの生徒はリグルディアたちが対峙した人形のような虚ろな印象を持った生徒とは違い、武器やら術式やらを構えるともに「明確な悪意と敵意」を欠片も隠すことなく5人に示している、あちらは不気味だが、こちらは危険な雰囲気を漂わせている。

どうやら5人はその意図と経緯は不明だが生徒たちに待ち伏せをされていたらしい。


「...あぁ?なんだお前ら...おいルゥ、ティム、あたしの後ろに下がってろ...ロミオ!」


トウコが獣らしくすぐさま危険を感じ取り、迎撃の構えを取りロミオと共にルゥとティムを2人で間に挟んで護る。

トウコの周囲に妖力を帯びた風が巻き上がり、その両手は少し変化しており爪が肉を容易く削れそうな程に鋭く尖っていた。

そしてトウコの表情は威嚇をする獣を思わせるものになっていて、瞳はギュッと縮まり「四尾しび」の妖狐らしい凄まじい威圧感と後輩を護る先輩としての威厳を放っていた。


「分かってるさ...!2人とも!離れないでくれよ!?」


トウコに続いて嫌な予感を感じ取ったロミオが首にぶら下げていた笛をすかさず吹いて植物のツルを召喚する。

「あまりやりすぎないでくれよルビー...!」

ロミオにルビーと呼ばれた植物のツルの正体は、ロミオが学園内の植物園にて趣味のガーデニングで育てている魔法植物の「ジュエルフラワー」だ、魔力が籠った宝石の花を咲かせるため、別名「富を咲かせる花」とも呼ばれている。

しかし自然界に天敵が多く、さらに人間からもよく狙われる生態をしているためすこぶる凶暴で、さらにデリケートで少しでも環境が適さないと途端に花を咲かせなくなるために独力で栽培するのはほぼ不可能とされている。

しかしロミオは栽培に成功しており、さらに愛を持って接しているため魔法植物であるジュエルフラワーたちはそれを感じ取っているのか、凶暴であることで有名なはずのジュエルフラワーはロミオからの召喚だけに応じ、ロミオの言うことだけを聞くのだった。


召喚魔術、離れた場所に「居る」もしくは「ある」対象を指定の座標へと移動させる魔術、転移魔術との違いは「一方通行であること」と「相手からの承認か無機物には事前に刻印をする必要がある」こと。


転移魔術は転移ゲート同士を繋げることで遠くの場所まで瞬時に移動することが出来るが、転移ゲートの生成と維持に手間もコストもかかり距離が離れていればいるほど金も魔力も大量にかかる、さらに国境を超える場合特定のワープこうを必ず経由する必要があり、通行料もかかり審査もしなくてはならない。

余程金に頓着しないリッチでもない限り長距離移動は馬車や飛行機などの乗り物に乗るのが普通、というかまともな思考なのである。


そして召喚魔術は一方通行ではあるが「相手と自分の縁を魔術媒介に使用して」呼び寄せる、それ故に転移魔術に比べてコストが圧倒的に安い、100000と100くらい違う。

土地が魔術を使用するわけではないので、転移魔術は召喚魔術よりも面倒というわけだ、しかし召喚魔術も一方通行、承認か刻印が必要ではあるので、どちらも一長一短だ。


「えっ...?えっ...??」

ルゥが突然の出来事に困惑の表情を見せている、しかしそれは無理もないことで、ルゥはコンプレックスであることで学園の生徒たちから警戒されたり、どう接したら良いか分からない生徒からは距離を取られたりで、差別的な言動を受けたことはまだない。

この学園の生徒たちはみなコンプレックスという存在については理解している、しかしルゥは理性的で優しい存在、そして童顔美青年。

故にルゥはクラスメイトや同級生たちから悪意を向けられるようなことはなかった...はずだった。


とある男子生徒が木製の魔術杖を1振りすると彼の周囲に人体などいとも容易く貫くことが出来るであろう人並みの大きさの氷柱の数々が現れる。

そして氷柱は彼の周囲を漂い、彼がルゥを見ながら嘲笑うように軽く笑うとルゥに向かって氷柱を「全て」同時に放つ。


「足が...!?」

ルゥは彼の周囲に浮かぶ氷柱を視認すると、嫌な予感を感じ取り撃たれる前にすぐにそれを避けようと距離を取ろうとするが、足元に水で出来た大量の腕が集まって来ておりルゥが氷柱を避けられないように足を強い力と圧倒的な数で掴み離さなかった。


「っ!?ルゥ君!!」

ティムが咄嗟に喉の奥底から捻り出たとても悲痛な声で、咄嗟にルゥに向かって叫ぶ、しかしまさかこんな風にいきなり殺しにかかってくるなど当然思わなかったために叫ぶのに遅れてしまった、魔力防壁を張ろうにも間に合いそうにない速度で氷柱は放たれていた。


「ダメだ!!」

しかしそこにロミオたちと共に迎撃態勢になっていたクラーベスが誰よりも早くルゥの目の前に伸ばした右手をかざすと、情熱的な赤色の魔法陣が現れルゥの「心臓」目掛けて放たれたその氷柱を圧倒的な速さで現れた豪炎で瞬く間に焼き払う。

上昇気流が発生しビュオーッと風の音を響かせながら落ち葉を空へと運んでいる、そして足元の大理石が少し溶けていることが咄嗟に放たれたその豪炎の火力を物語っていた。

クラーベスのその手は力が籠り少し手の健が浮き出ている、さらに咄嗟に術式を組み急激に魔力を消費したために、呼吸が荒くなり口を開いて「ハァ...ハァ...!」と肩で息をしていた、その表情はとても信じられないといった様子で目を見開いている、瞳はトウコと同じく少しキュッ...っと縮まっている。

彼の周囲に浮かぶ神聖文字の文字列が少し乱れ魔法陣が歪んでいるため、あの豪炎はただルゥを護る一心でろくに調整も出来ずに咄嗟に放った一撃なのだということを、皆が理解した。


「なにを...しているんだ...君たちは...!」

クラーベスが困惑しつつも怒りを必死に抑えながら右腕を振り払うように横に伸ばす、すると魔法陣と共に黒く細長い、スタイリッシュな印象の魔法の杖が出現しクラーベスはそれを掴む。

そして左手で魔導書ホルダーのボタンを外して風属性の魔導書を手に持つと、魔導書はひとりでに浮きクラーベスは魔導書の下に手を添える、本が開いてペラペラとページがめくられていき特定のページが開かれると、本の上部に軽快な緑色の魔法陣が展開される、同時に魔導書に書かれている神聖文字が光りだした。


そしてクラーベスは杖先に自身の魔力を集めて魔導書を杖先でトンッと軽く叩く、すると、クラーベスの炎の魔力と魔導書に込められた風の魔力が混ざり合い一切合切を塵芥じんかいへと変える灼熱の暴風が凄まじい表情のクラーベスの周囲を覆う。

その様子に5人を囲む生徒たちは少し気圧けおされているが、逆上してさらに敵意が増してしまう。


「なに邪魔してくれてるんですか先生...?」

「当然だろう!?困惑するべきなのはこっちだ!君たちは自分たちが何をしているのか分かっているのかね!?」


「...っ!ドローン!バリア張るッスよ!」

ハッとしたティムがすかさずドローンに命令を飛ばし、6機のドローンの周囲に神聖文字が現れる、そしてドローンと一緒に光りだすとレンズから光が照射されそれは5人を囲み攻撃を通さないバリアを作り出す。

これはリグルディアのこの学園に入学する前からコツコツと編み出していた「闇の帳(よりかっこいい技名考案中)」とは違い物理も防げるものだった。


声を荒らげたクラーベスのその問いに、氷柱を放った男子生徒がヘラヘラとした様子で信じ難い発言を5人の前で行った。


「分かってますよぉ〜そんなこと、自分たちはただそこの「害獣」をぶっ殺そうとしてるだけ、これのどこが悪いんですかぁ?」

「がい...!?は、はぁ...!?」


その度を超えた発言にクラーベスは怒りが振り切って、信じ難い困惑と耐え難い恐怖にその思考の全てを支配されてしまっていた、クラーベスは自身が愛を持って接している生徒たちがルゥを殺そうとしているその理由を理解することが、それを認めることなど断じて出来なかったのだ。

何故ならばクラーベスにとってルゥは、たとえコンプレックス族であっても自分にとっては可愛い生徒の一人であることに何ら変わりないからだ、クラーベスは相手がコンプレックスだとしても、インキュバスだとしても、平等に接し、絶対に差別をしない愛深き教師なのだ。


「そうですよぉ〜先生、私たちなんにも悪くないですよー」

「だってそいつあのコンプレックスなんでしょ?なんかオロオロしてるけど絶対演技だって、油断させて俺たちを殺そうとしてるんだよ絶対!」


ルゥは生徒たちのその言葉に徐々に困惑と恐怖と動悸を覚え始めた、生徒たちはそれぞれ好き勝手にルゥに対して心無い言葉を心を抉るように悪意を持って投げかける。


「何を言って...僕、そんなことしないよ...!」

「はぁ!?コンプレックスの言うことなんて信じられるわけねぇだろ馬鹿か!?」


ルゥの発言にキレた1人の女子生徒がルゥに向かって魔術で生成した大岩を投げつける、ルゥのバリアで防がれたが、大岩の当たった箇所が少し映像の砂嵐のように欠け、そこからパラパラと砕けた部分の砂が落ちてくる。


「ヒッ...!?」

「ギャァァァァ!?ほんっとに馬鹿なんじゃないッスかあんたら!正気の沙汰とは思えないッスよ!なんでそんな性格の悪さでこの学園に入れてんの!?ここ名門校だよ!いくら才能があっても内面に問題があったら弾かれるッスよ!あ!コネッスか!?」


畳み掛けながら叫ぶティムの発言にイラついた女性陣が次々に魔法を打ち込んで来る。


「ギャァァァァー!?図星だったッスー!!」

「うるせぇ黙れキモオタがよ!違うに決まってんだろ!絶対にぶっ殺してやっからな!?」

「ティム!お前ちょっと黙ってバリア張るのに集中してろ!いいな!?あとよく言った!」


トウコがティムに親指を立てながらいつでもバリアが割れたらカバー出来るように身構えている、それでも生徒たちは暴言や杖を構えるその手を下げる様子はなかった。


「クソがよ...お前らキモいんだよ、そんなよく分かんねぇ獣人モドキとなんかつるんでんじゃねぇよ」

「しかもサテュロスも居るし!サテュロスってあれじゃん!毎日酒飲んで男と女の尻ばっか追いかけてる変態種族じゃん!気持ち悪い!なんでこの学園に居るの!?どうせエロい事ばっかり考えてるんでしょ!?この淫乱魔族!」


その発言に少し眉間が寄ったロミオが少しも強ばらない冷静な声色で淡々と反論をしていく、その様子からいつもの優しさは消え、心の底から汚物を見るような目つきと低俗な痴れ者を見下している感情を一切隠しておらず、ロミオが普段隠している冷酷な一面が少しだけ現れていた。


「すまない、少し訂正させてもらうがね、たしかに私の父のであるサテュロス族は色々と貞操が緩い一面はあるが、その様な偏見に塗れたイメージを持たれる程の種族ではない、大いなる芸能神「ティオッソス様」を信仰している種族で...」


ロミオの発言を遮って、ロミオの反論を受けている女子がギャーギャーと喚きながら好き放題暴言をロミオに向かって浴びせまくる。


「うるせぇよお前!そんなの知ったこっちゃねぇんだよ!お前のつまんねぇ説教とか頼んでねぇからぁ〜!」


ロミオの周囲のゲートからツルを伸ばしているルビーが明らかにイラついているようにツルをビタンビタンと地面に叩きつけている。


え、聞こえてるんスかルビーさん?どうやって?言葉分かるの?


「...そうか、ではこれだけは言わせて欲しい、紛らわしくてすまないが、私は見た目はサテュロスだが本質的にはインキュバスなんだ」

「インキュバス?どうせエロいことしか考えてない頭の悪い変態種族なんでしょ!気持ち悪い!毎日私たちのこと見て興奮してるんだ!?その汚いち○ぽ切り落とされればいいのに!!」


ちょっ!?あの子口悪過ぎじゃないッスか!?あとなんか顔が怖い!都会の女の子ってみんなあんなヤベェ感じなの!?いや違うッスよね!?


「...」

「なんだよ変態魔族!全部ホントのことだから言い返せないのー?ダッサ〜い!」


女子生徒たちはロミオを罵倒するために団結して何も言わせないぞとでも言うように、その後もロミオが口を開こうとする度にそれを遮ってギャーギャーと醜く喚いていた、相手たちはロミオを下品やら低俗とやら罵倒の言葉を浴びせまくるが、どちらが下品で低俗な物言いの「人」であるかは明白だった。

女子生徒たちはロミオやルゥやらの男性陣をやれ醜いやら性犯罪者やら女の敵とやら好き勝手言いまくる、

その様子にクラーベスは顔を青ざめながら、ただ生徒たちのわけの分からない豹変ぶりを黙って見ていることしか出来ないのを歯がゆそうに拳の杖を握りしめて、ルゥへの攻撃を警戒し続けていた。


「なんだよキモ男〜!何か言いたいなら言ってみろよ〜w」

「そうそう〜wどうせ毎日盛ることしか出来ない男の言うことなんてたかが知れてるけどねぇ〜w」

「ほらほら〜w言えってカス野郎〜w」


ロミオはただ一言、少しもイラついている様子を声色に見せることなく言葉を発した。

「チッ...なら言わせてもらうがね、私たちも使う「便所」ぐらいは選ぶものだよ」

いや、ほんの少しだけ漏れてしまったようだ、ロミオの発言の意図、女性陣がどう受け取ったかは読者のご想像にお任せする。


「ん...?ロミオさんそれどういう意味ッスか?」

「あぁ〜!あー!ティム、覚えなくていい!あと絶対真似すんなよ!特に女には絶対言うなよ!?」

「え?なんスか姐御、そんなにマズいやつなんスか今の!?」


ロミオのその発言に女子生徒たちは顔を真っ赤にだらせ、バリアを壊してロミオを殺害しようと全力で攻撃しだす、それに便乗して他の生徒たちもルゥを殺すために攻撃を開始する。


「ルビー!」


しかしルビーのツルが攻撃を次々に跳ね返し、叩き落すためバリアへの攻撃は僅かにしかなく生徒たちは段々とさらに怒りの形相を露わにして、攻撃をより苛烈に、魔力切れを起こしてもおかしくない程にただ乱雑に乱射する。


「止めなさい君たち!本当に何があったというんだ!?何が君たちをその様に突き動かすんだ!!止めなさい!止めてくれ...!!」

クラーベスは痛ましい表情で生徒たちに呼びかけるが、無念にもその声が生徒たちの心に届くことはなく、ただトウコやロミオと共に無数に襲い来る攻撃を弾くことしか出来なかった。

教師であり、1人の大人であるクラーベスには、生徒たちを武力で無効化する最終手段への決意を抱くには優しすぎたのだ。


「本っ当にウザい奴ら!そこのコンプレックスも!変態魔族も!さっさと死ねよ!?」

「そうだそうだ!お前らみたいな害獣どもはさっさと人間の世界から消えろ!」

「いやこの世から消えちまえ!死ね!今ここで!嬲り殺されろ!!」


ルゥたちにとても見ていられないような暴言を浴びせかけるその生徒たちの表情はどんどん醜悪に、おぞましい拒否感を抱かせるような恐ろしいものになっていく。

数で圧倒的に勝っているという安心感からか、それとも自分たちこそが「正しい」マジョリティーであると思い込んだ危険な傲慢からか...一体、何が彼らをここまでに変貌させてしまったのだろうか、少なくとも、クラーベスの発言から彼らが本来この様な心無いことを言うような人柄ではないことは彼のためにも、彼らのためにも理解しておいて欲しい。


「ギャアァァァァー!?ちょっと!?本気で!?それ本気で死ねるやつッスよ!ねぇ!?止めようって!みんな!」

なんなんスかほんとに...こんなこと初めてだし、ガチで殺しにきてるからめっちゃ怖いッスけど...!

「本気で...あんたら...ふざけてんじゃねぇッスよ!!」

もう「怖さより怒りの方が圧倒的に勝ってきた」ッスよ!!


「ティム君!攻撃は私たちが何とかするから君はバリアの維持だけに注力してくれ!いいね!?」

「...っ!はい!分かったッスよロミオさん!お願いしまスよ!」


目つきの変わったティムはドローンに命令してバリアの密度をさらに上げる、そして王国騎士団に通報しようとするが。


「えっ...?」

「どうしたんだティム!」

「姐御...!圏外ッス...学園の外に通信が出来ないッス!」

「...はぁ?」


トウコはその発言を聞いて額から困惑と焦りが滲んだ汗をたらりと流す、自分たちは、この学園は、今何者かの手により「攻撃」を受けているのだからだ。


「なんだと...?ティム!それは本当なのかね!?」

「そうッスよクラ先!わけ分かんねぇ!」


最悪なことに状況はさらに5人をどんどん追い詰めていく、生徒たちは攻撃を止める気配などは欠片もなく、一斉に暴言を吐きながら今ここで相手をぶち殺せるならどうなってもいいかと思わせるほどに荒れに荒れていく。


「死ね!」

「死ねよ!!」

「さっさと死ね!!」

「しーね!」

「しーね!」

「しーね!」

「しーね!」

「しーね!」


反吐が出るような最悪なコーラスが「ルゥ」だけに向かって放たれる、そして、ルゥはとうとうフードを深く被り、俯いて地面に塞ぎ込んでしまう。


「うぅ...うっ...あぁ...!」

「なっ!?おいルゥしっかりしろ!こんな奴らの言うことなんか真に受けんじゃねぇって!!」


この時、ルゥの頭を走馬灯のように過去の記憶が流れていく、自分がまだワイルドライフ帝国にて本当の家族の所に居た頃、そして「彼ら」と出会った時のことや「父」との別れのこと...ルゥは思い出すだけでも辛い記憶が、それでもこの腕の中から1粒も零したくないたった数年の思い出が頭の中を駆け巡っていた。

そして、頭の中に流れているのは思い出のフィルムだけではなく「正体不明の男の声」もだった。


「うぅ...(お前は幸せになってはいけない)」


「おい!ルゥ!こっち見ろ!見てくれ!」


「うぅ...!(何故あの子と一緒になれるなんて愚かな思考が出来るんだ?)」


「ルゥ!ルゥ...!」


「あぅ...(「醜い執着」だな!あっちはお前を忘れているというのに!お前はそれを利用して自分の都合のいいように印象を与えようとしたんだろう?」


「違う...!(何が違うんだ!じゃあ何故お前は何もかも覚えておきながらそれを明かさず!あの子に初対面の体で接した!醜いコンプレックスめ!)」


「違う違う違う...!そうじゃなくて...!(何も違うまい!お前はトールマンにもなれない、獣人にもなれない、その上人でもない「人類のコンプレックス」だというのに!!)」


「ルゥ...!クソが...!テメェらなんなんだよ!ルゥがお前らに何をした!?なんでそんな心無い言葉を平気で言いやがる!絶対に許さねぇ!」


叫ぶトウコ、鳴り止まないルゥの泣き声とバリアに着弾する攻撃の破裂音、状況はまさに「地獄」だった。

◇ ◇ ◇

学生寮の屋上から彼らを見下ろす影が1つ、それは少年のようだが、少年にしては不気味の谷に似た違和感を隠せずにいた。

「ハァ〜♡トウコちゃん苦しんでる...♡ねぇねぇ、ここからどうするつもりなの?君は「また」失うの...?それとも...僕との「約束」を今日、今ここで果たすの...?どっちかなぁ〜♡」

少年はその可愛らしい容姿に似つかわしくないおぞましい表情をする、そして...

「...ん?」

◇ ◇ ◇

「はぁはぁ...うぅ...!」

夜の学園に響き渡る残酷な悪意のコーラス、もう限界であることを告げるドローンからの警告、クラーベスは一度は恐怖に負けてしまった怒りが再び込み上げてきて、とうとう爆発するといった様子で。


「もう...いいかげんに...!しろ!!」


クラーベスは魔法の杖を魔法陣に付けると杖先に魔力が集まり魔法陣が展開、そしてそれを生徒たちに向け、生物などたちまち骨まで溶けてしまうだろう火力の火炎放射を真横に放つ1歩手前で。

「ドンッ!!」と、生徒たちを襲ったのは豪炎でもなく、ルビーたちのツルでもなく、紫がかった黒色の魔力弾だった。


「なんだ!?新手か!?」


生徒たちを(色んな意味で)黙らせた、クラーベスたち以上の怒りが込められたその魔力弾を撃ったのは。


「あんたら...なにをしてるのよ...!!」

凄まじい怒りの形相を相手に向けているリグルディアだった、左手を指鉄砲の形にして、その指先には新たな魔力弾が充填されていた。


「お嬢...!?」

「お嬢さん!?」

「リグルディアさん!?」

「リグルディアくん!?」


しかし彼女の右手には。


「そうだそうだー!!この最低野郎ども!それ以上はこのお嬢様が許さねぇぞ!ね?」

「なにあんた味方つらしてんのよ、数分前のこと忘れたとは言わせないわよ?」

「あっはいごめんなさい、でも俺、自分が何やってたのかいまいちよく覚えてないんですよ」


赤色の短髪、少年の顔立ちに茶色の瞳、そして鼻にテープが貼られている、鍛えられた若々しい肉体の...「剣」が握られていた。


「あぁ〜!?えぇ〜!?え、お嬢...?それ...どうなってんだ?」

「え、これ?ただの喋る剣よ」

「ゼッテェちげぇー!!」


to be continued




後書き

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壁役令嬢―お嬢様は主人公の家の壁になりたい― シロニ @shironi3

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