第9話

人も建物もないこの広い空間は開放的で、椎が掻き鳴らすギターの音は籠ることなくあちらこちらに散らばっていく。



「なんで弾く気になったの?」



「うるさい黙れ」



しょうがないので大人しく口をつぐんだ。



せわしなく動き回る指と俯き加減で揺れる前髪をぼんやり見ながら、なんで酒向さんは椎を好きにならなかったんだろうと純粋に思った。



「…中身の問題かな」



無意識に独り言になって口から出た言葉に椎が顔を上げてこちらをちらりと見やる。


なにを思ってるのか分からない上目使いは、いつもの人を馬鹿にするような半目とは違う気がした。



自分と椎の分のコロッケの紙包みをくしゃくしゃに丸めて握りしめたまま、


お尻を動かして正面が椎になるように向き直る。



自然と後ろの位置になった河合くんにもたれるように背を預けた。



「…椎、その曲酒向さんに弾いてあげた?」



「あいつに弾いた曲とか絶対お前らに聴かすかよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る