Untitled 2

第5話

「ひぃぃ…っ」


小さく上げた悲鳴は冷たい廊下に吸収されるように消えた。



思わず手にしていた楽器を落としそうになって、また小さな悲鳴が口から飛び出る。


今手にあるスプルースの滑らかな弦楽器を地面にぶちまければ十万円単位の弁償、慌てて手に力を込めなおした。



冬の寒い時期、温度に敏感なその楽器の弦は

ふとした瞬間突然にバチンと切れて。


3年間触っているとはいえ、

この弦が切れる瞬間の迫力は未だに慣れない。




反射的に体はへなへなと廊下の端にしゃがみ込んだ。



「……我が家にこれを弁償する経済的余裕はない…っ」



「そのバイオリン、高いの?」



背後で声がして、振り向くと"部活中です"と言わんばかりの格好の赤松くんがそこに。




「…バイオリンじゃないです。ビオラです」



「違いが分かんないや」



「……大きさ?」



「なんで井上さんが聞くの」



「…あと、音?」



「へぇー」



一本の弦が切れてびろんびろんと飛び出た不格好なビオラを赤松くんはしげしげと見つめる。


私の目の前まで歩み寄ると同じようにしゃがみ込んだ。



「持ってみていい?」

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