10
明美には頼子の話がにわかには信じられなかった。
風をひいて高熱を発し、せん妄状態になっているのかと思った。だがさっき体に触れたときは体温も特に高くはなく、咳や鼻声のような症状も見られない。
何か恐ろしい体験をして気が動転しているのかもしれないと明美は思った。自分が引退を考えていることを察した野上千代子が、誰かを雇って頼子を危険な目に遭わせ、引退を思いとどまらせようと自分を脅迫しているのかもしれない。自分と頼子との関係は野上千代子には知られていないはずだが、弱みを探るために探偵にでも調べさせたのだろう。
「それからどうなったの?」
明美は頼子に話の続きを喋るように促した。頼子はティーカップに残っていた冷たい紅茶を一気に飲み干すと、声を震わせながら話し始めた。――
男とともに歩き続けた頼子はそのまま男と一緒に駅まで行き、切符を買った男とともに電車に乗った。抗うことができなかった。手足があらかじめ空間に開けられた穴の中にすっぽりと嵌まっていくかのように次々と動き、定期券を改札機に通した頼子はそのまま男のあとについて電車に乗り込んでしまった。
他の乗客に助けを求めるために叫ぼうとしたが、舌が麻痺しているのかピクリとも動かない。なすすべもなく男とともに乗客で混み合う車内で電車のつり革を握って立っていた。
やがて電車は頼子の自宅の最寄り駅に到着した。男と一緒に電車を降りながら頼子は死にものぐるいで声を出そうとしたが無駄だった。声は出せなくても顔の表情で誰か察してくれるかもしれない。とっさにそう思いついた頼子は顔を歪めて苦しそうな表情を見せようとしたが、それも無理だった。顔の筋肉を動かすことができず、能面のような顔のまま駅から外に出た。
駅前から男と一緒に歩いて自宅に着いたとき、男は一歩下がって頼子を前に行かせた。手が勝手に動いてコートのポケットからキーケースを取り出し、さらにそこから自宅の玄関のドアの鍵を引っ張り出した頼子はドアを開けた。
そのまま家の中に入った。壁際の照明器具のスイッチを入れて廊下の明かりを点けた。玄関へ入ってくる男の気配を背後に感じ、頼子は激しい恐怖を覚えた。男は玄関の鍵をかけると靴を脱いで頼子とともに家の中に上がり込んだ。
頼子はありったけの大声を上げようとしたが、喉も唇も一ミリたりとて動かすことができない。意志とは関係なく階段をのぼって二階へ行き、あとをついてきた男とともに寝室へ入ったときは絶望感で失神しそうになっていた。
なぜひとりでに手足が動いてしまうのかわからないが、どうやら今までの自らの不可解な行動はこの男の意に沿ったものではないかということに頼子はようやく気づき始めた。
自分はこの男の操り人形もしくはロボットになってしまったのだ。
男は寝室のドアを閉めるとドレッサーの上に置いてあったリモコンを手に取り、エアコンの電源を入れた。機械の稼働する音が聞こえ、生ぬるい空気が流れてくるのが感じられた。
頼子はコートの前に両手をかけた。袖から両手を抜き、脱いだコートを床に放り投げ、その下に着ている紺色のセーターも脱いだ。立て続けに脱いでいき、カフェオレ色のブラジャーとパンティだけになった。
男は頼子に近づくと彼女のブラジャーを外し、パンティに手を伸ばした。頼子の膝は糸で引っ張られているかのように上昇し、パンティを脱がせようとする男の手の動きに合わせて足を動かした。
床にコートやセーターやスカート、そしてブラジャーとパンティが散らばっていた。全裸になった頼子の小さな乳房を男は背後から鷲掴みにしてひとしきり揉みしだいたあと、前に回り込んで乳首を口に含み、転がした。それから硬い塑像と化して立ち尽くす無防備な頼子の体の隅々まで愛撫し、穴という穴すべてを指と舌でほじくり回した。
快感などあろうはずもない。人間ではなくラブドールとして扱われる不快さと屈辱、そして男がいつどんな行動に出るかわからないという恐怖しか無かった。
男は頼子の体を気の済むまで嬲ると、自分の着ている衣服を脱ぎ始めた。男の次の行動を察した頼子の恐怖は最高潮に達し、吐き気と目眩が彼女を襲った。そんな頼子の体は男が全裸になると、重力が倍加したように床に崩折れた。そのままいざるように男の前へ進んだ頼子は、傍若無人に宙を向いた男の一物を口に頬張った。
抵抗することは一切できなかった。男に抵抗すると言うよりも、自分の体に抵抗ができなかった。目に見えない磁力に引かれるように体が勝手に動いてしまうのだ。頼子は鼻孔で呼吸をしながら両手を男の腰に据え、顔を前後に動かし始めた。男は三十秒も経たないうちに頼子の頭髪を両手で摑み、腰を振りながら果てた。頼子の口蓋や舌や喉は彼女の意志を無視して別種の生き物のように男が放ったものを飲み下した。
身悶えしたくなるような嫌悪感で涙を流している頼子から男はゆっくりと離れた。男が離れると同時に頼子は床の上に仰向けになった。抵抗することができなかった。自分の体であって自分の体でないものは、仰向けになったまま股間を広げて男を受け入れる体勢を整えた。
男はひざまずき、ゆっくりと頼子の上にかぶさっていった。――
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