調査結果について

元気よし!

防寒具良し!

天気…は悪いけど、

雨具は持ってきたからよし!


まだ日は昇っておらず

辺りが真っ暗な頃から

小道に立ち続けて2時間ほどが経っていた。

遠くの空が徐々に

白黒のまま明るくなっていく。


いろは「寒いねー。」


七「神奈川は今日雪マークだって!積もるかな!」


いろは「そうだと嬉しいねー。」


七「うん!雪遊びするんだ!雪だるま作って、雪合戦して、かまくら作って…」


いろは「流石にそこまでは降らないかなー…。」


七「そんなぁ!」


いろは「学校が休みになるかも、ラッキーって考えないのが七ちゃんらしいよねー。」


両手でカイロを握り締めたいろはちゃんが

のんびりそう言った。


パパには旅行というていで伝えて

昨日から大阪に来た。

あんまり使っていなかったお年玉が

ここで役に立つなんて!

嘘をつくのは怖かったし、

信じてくれたから余計心が痛かったけど、

湊ちゃんのためだから必要なことだったと

数回は言い聞かせた。

修学旅行以外での友達との遠出は

全く経験がなくて、

新鮮さが常に付き纏っている。


湊ちゃんのお話も踏まえて

急なお話だったのに、

いろはちゃんは快く

「ついていくよ」って言ってくれて

ものすごく嬉しかった。

彼女も「友達と旅行に行く」と言って、

私の分の電車やホテルも予約してくれた。

本当は夜行バスに乗ってみたかったけど、

危ないからって却下されちゃった。


マフラーから顔を上げると、

目の前には1つのマンションがあった。

5階建で、外から見ても

誰が家に出入りしたか

わかるタイプになっている。

流石に上階になると

手すりから頭が見えるかどうかだけど、

1階となると小道からでも

容易にみることができた。


いろは「ちょっと飲み物買ってこようかなー。欲しいのある?」


七「うーんと、じゃあ甘いやつ!」


いろは「野菜?フルーツ?乳酸菌系?」


七「乳酸菌のやつがいい!でも炭酸はないやつ!」


いろは「りょうかーい。」


七「いろはちゃんは?」


いろは「お茶かなー。」


七「え!…じゃあ一緒ので…。」


いろは「えー?何かあったのー?」


七「子供っぽいかなーって…。」


いろは「気にしなくてもことだと思うよー。甘いもの飲んでても仕事できるかっこいい人はいるしー。」


七「じゃあ甘い方!」


いろはちゃんは気の抜けた返事をして

溶けるように笑った。

すぐ裏手にあるコンビニの方へと歩いて行き、

角を曲がって、やがて背中が見えなくなる。

1人になると、余計今の寒さを

実感してしまって、

ポケットに突っ込んでいたカイロを

しゃかしゃか振った。


早朝から張り込みをしよう、と

提案したのは私だった。

いろはちゃんは質問することも

否定することもなく

「いいよー」とだけ言った。

早起きだったおかげで

既に少しばかり眠気に襲われる。


七「…3階の、多分真ん中らへん。」


湊ちゃんから送ってもらった住所は

ここで間違いない。

階数を数える。

うん、3階はあそこ。

小さく指をさして数えると、

バイクが目の前を通り過ぎて行った。

大きな音が耳を掠め、

心臓に響いたものだから

目が一時的に開く。

徐々に瞼を戻しながら

数日前のことを思い出す。


湊ちゃんの話を聞いた時、

うまく説明はできないんだけど

変だなって感じた。

湊ちゃんの家と詩柚ちゃんの家のことは、

どうも別々のことに思えなかった。

かと言って、繋がってる証拠はない。

話からしてあり得るとしても、

湊ちゃんのお父さんが

詩柚ちゃんのお父さんを

殺してしまった、ということ。

…だけど、記憶上父親は

朗らかだった気がするって

湊ちゃんが言ってた。

なら、人殺しなんてしないんじゃないかな。


優しい人なら、誰かにあたるより

まず自分を責めちゃうんじゃないのかな。

優しい人が他人を殺めてしまうのなら、

それはよっぽどのことがあったか

事故で意図せず、偶然にも

亡くなってしまったんじゃないかな。


首を捻っていると、

いろはちゃんが両手に

飲み物を持って戻ってきた。


いろは「はいどうぞー。」


七「ありがとう!そのお茶あったかいやつ?」


いろは「そうー。ほかほかだよー、触る?」


七「カイロあるからいいや!」


いろは「はーい。」


「どう、家から出てきた?」と

また元の立ち位置に戻って

後ろの壁にもたれかかって言う。


七「まだ出てきてないよ。」


いろは「もう1回この後の流れ確認しとこうかー。」


七「作戦ね!」


いろは「まず、ずっと家から長時間外出しそうなら、異臭がするって言って大家さんに開けてもらう。」


七「うん。でもお休みの日だし、多分そっちは無理で…だから、予定は家出少女作戦!」


いろは「チェックアウトをしてキャリーケースもあるし、見た目はまあまあそれっぽいよねー。」


七「お昼くらいまで出てこなさそうなら、潜り込む!それで、ぱぱっと調査して、様子を見て出てくる!それで帰りの新幹線に乗る!」


いろは「そんなうまく行くかなー。」


七「がんばるしかない!」


いろは「それで、もし危なさそうな人ならすぐに退散ねー。貴重品だけ別の鞄に入れてあるから、最悪キャリーケースは置いてくくらいの気持ちでー。」


七「うぅ…好きなお洋服いくつかあるのに。」


いろは「命には変えられないよー。」


七「…わかった。」


そのような状況になるとは

あまり思えず、

大丈夫だろうとたかを括っているけれど、

万が一ということもある。

気を引き締めるために頬を

ぺちぺちと指先で叩いた。


いろは「大丈夫、なんとかなるよー。」


七「うん!そう思ってる。」


いろは「緊張してそうだよー。」


七「そうかな?まぁ…ちょっとは…?昔のこととはいえ蒼先輩のこともあったから、失敗したくないなって思ってる。」


いろは「なるほどー。」


それ以上深く突っ込むこともなく

白い息を吐いてから

温かいお茶を飲んでいた。

真似をするように

ペットボトルに口をつける。

唾液の絡まる甘い味が喉を潤していく。


10分、1時間と待って

いよいよ学校の朝の会が

始まる頃の時間になる。

早朝の細い雨も止み、

歩道はまだまだ濡れているが

時折日がさして暖かな空気が漂い始めた。

やはり日曜日なのだし

家出作戦で行くかと思ったその時だった。


いろは「あ、見て。」


七「…ほんとだ!」


ちょうど湊ちゃんのお父さんが

住んでいるであろうところから

スウェットを着た女性が出てきた。

もう別の人と一緒に

住んでいるのかな。

あってもおかしくない事実を胸に

その女性がエントランスから出てきたので

いれ違うようにマンション内に入る。

エレベーターに乗り、

2階、3階と数字が流れて止まった。

扉の並ぶ廊下を歩くだけなのに

妙な緊張感が心臓をくすぐる。


そして。


いろは「あー。」


七「なになに、あーって。」


いろは「隣の部屋だったっぽいねー。」


部屋番号を指差してそう言う。

確かに隣の家…だけど、

正直なところ、遠くから見ていた場所が

今いる扉の前なのか

あまり自信はなかった。


七「ここだっけ?隣じゃなくて?」


いろは「だってあの場所から見てたでしょー?それで、右から1、2、3…」


七「よくわかんないけど、いろはちゃんのこと信じとくね!」


いろは「わー、責任重大だー。」


いろはちゃんが笑った時だった。

ひとつ奥の扉が

突如音を立てて開いた。

思わず音のした方へと振り向く。

スーツを身につけた比較的細身の男性が

のそりと家から出てきていた。

目があってしまい、

思わず「おはようございます!」と挨拶すると、

きょとんとされた後に

丁寧に挨拶を返された。

お父さんと呼ばれるだけあって

目を細めると目尻に細かい皺が刻まれた。


これからお仕事か聞こうとしたけれど、

いろはちゃんが袖を引っ張ったもので

つい口を閉じる。

道の邪魔になるから、という

配慮だったらしい。

湊ちゃんのお父さんと思われる男性は

廊下を歩いてエレベーターに乗った。


いろは「…多分、あの人がそうだよね?」


七「うん。そのはず。優しそうな人だったね。」


いろは「そうかなー。見ただけじゃわからないよ。」


七「なんとなく感じるものない?挨拶したらちゃんと返してくれたもん。」


いろは「見た目がしっかりしている人ほど中身が怖いなんて話はよくあるよー。」


七「そんな人間不信な!」


いろは「そのくらい気を張っていてもいい相手だと思うけどなー。」


いろはちゃんは廊下の奥の方に進み、

出勤時間であろう時まで

もう少し待とうと言う。

奥の階段に座って、

さっき買った飲み物をちまちま飲んだ。

確かに今すぐに電話しようとしても

そもそも不動産の会社が開いていない。

すぐに突撃したい気持ちを抑えて

マフラーに顔を埋めた。


七「まさか異臭作戦になるなんてね。」


いろは「ねー。スーツを着ていたし、やっぱりお仕事かなー。」


七「これだけ時間を置いてもまだ帰ってきてないし、長時間外出しそうだよ。」


時間が経って、念の為

湊ちゃんのお父さんが住んでいる

部屋のインターホンを鳴らす。

が、誰も出てこなかった。


階段に戻ってはまた腰掛け、

いろはちゃんのスマホに

電話番号が打たれていく。

昼前になってようやく

本格的に作戦が始まった。


いろは「もしもしー。あの、ご相談したいことがありましてー。」


隣でそっと見守ることしかできず、

その会話の行き先を待つ。

いろはちゃんは電話をしていても

のほほんとした話し方は崩れなかった。

けれど、緊張しているのか

手持ち無沙汰なのか、

ペットボトルのキャップのてっぺんを

ぐるぐると指でなぞっていた。


いろは「はい…はい。そのお部屋で、なんだか変な匂いがするんですー。」


七「…。」


いろは「えっとー…もし可能であれば注意のお電話じゃなくて、中を確認したいと思いましてー。」


七「…。」


いろは「もしものことがあったら嫌だなーって。はい、はい…。」


さっき出会ったというのに

そのそぶりを全く見せない

安定した彼女の声色に目を丸くする。

嘘をついても声のトーンが

変わらないタイプの人だ。

電話をするのが私じゃなくて

心底よかったと思う。


それから数分

住所の再確認や返事を

しているのを耳にする。

そして「お待ちしていますー」と

電話だから見えないと言うのに

小さく会釈してスマホを耳から離した。


七「どうだった!?」


いろは「すぐにきてくれるっぽいよー。」


七「ほんと!」


いろは「異臭騒ぎって基本的に本人に電話で伝えるみたいだねー。」


七「怪しまれなかった?」


いろは「怪しまれ…はしたと思うけど、独り身だと急に亡くなってなんてこともあり得るから、万が一のためにも来てくれるってー。」


七「あれ、独り身って確信なくない…?」


いろは「あ、確かにー。でもさっきインターホン押して誰も出なかったし、その可能性はあるんじゃないかなー。」


七「そっか!」


いろは「私が、とにかく異臭がするって言いまくる怖い人になって家の奥の方…リビングあたりでさっくり探るから、七ちゃんは他のお部屋があればそこをお願いねー。」


七「うん!」


数十分後、大家さんが

鍵を持って到着した。

腰がピンと伸びた、

しかし溌剌としているタイプではなく

どちらかといえばいろはちゃんのような

穏やかそうなおばあちゃんだった。

毛玉のついていない羽織を身につけており、

高級住宅街に住んでいそうな

雰囲気を感じ取る。


「ここですかねぇ。」


いろは「そうなんですー。」


「外からだとあんまりにおいはしないみたいだけども…。」


いろは「ほんとですかー?結構つんとくる感じがしますけどー。」


「そう?やだ、おばちゃんったら鼻も弱くなってきたのかしら。」


いろはちゃんはまるで

事前に用意していたかのように

つらつらと嘘を並べた。

同い年だと言うのに大人びていて、

それでもって恐ろしい人だ。

絶対的には回したくないなと思っていると

かちりと音が鳴り

ついに潜入捜査が始まった。


入った瞬間、ウッド系の柔らかい香りがした。

芳香剤か何かを置いているらしい、

一層異臭作戦は駄目なように思えるが、

ここまできてしまった以上

突き通すしかない。

1LDKのようで、

廊下部分に1室とお風呂、トイレ。

リビングダイニングにキッチンが

カウンター型になるように設置されていた。


いろは「こっちの方かなー。」


いろはちゃんが早速

リビングの奥の方へと誘導する。

人が倒れていないか見るだけなので、

時間はほぼないと思っていいだろう。

2人の後ろ姿を横目に

リュックからビニール手袋を

取り出してつけた。

もしもの時のために持ってきたのだが

まさか役に立つ場面があるなんて。


玄関の靴箱を開く。

男性1人で生活しているのだろう、

靴は2、3足ほどしかない。

お風呂の下の戸棚や

廊下にあった小さいクローゼットは

基本的に日用品しか入っていなかった。

ビニール袋にまとめられた何かがあり、

破かないようにしつつ開いたが

掃除用品だったり、

使いかけの小分けの洗剤だったりした。

開けたものは閉じ、

次の部屋に向かう。


七「あとは…。」


ひとつ、残った部屋。

扉をゆっくりと開くと、

ベッドが視界に飛び込んでくる。

電気をつけると

薄暗く正気のない雰囲気から

がらっと代わり、

生活感の感じる温かみある部屋に変わった。

寝室のようで、ベッドの他にも

仕事用だろうか、鉄製の足をした

冷たい印象のする机や

今朝も使ったのだろう充電器が置かれている。


ぱっと見収納ケースはない。

クローゼットを開くと

いくつかスーツがかかっており、

衣類は全てここに

収納しているのだと納得する。

今は役目のない扇風機が

ハンガーにかかったシャツやネクタイの

隙間から見える。

趣味のものはここにはしまっていないのか、

そもそも持っていないのか、

小棚には一眼レフらしいカメラが

置いてあること以外に

それらしいものはなかった。


せっかく手袋までして気合いを出したのに。

ここにもないかと目を伏せた瞬間。


七「…ん?」


クローゼットの隅の方に何かがある。

黒いビニール袋で閉じられていて

見つけられなかったらしい。

より丈の長いコート類に隠れるようにして

ひっそりと佇むそれに

自然と目を奪われた。


いろはちゃんがリビングで

話している声がうっすら聞こえる。

目と耳はいいと自負しているが、

こんなところで使い道があるとは

思ってもいなかった。

扉は閉めていることを確認して、

耳を澄ませながら

袋へと手を伸ばす。

自分の影が落ちる。

それだけなのに

袋が真っ暗なせいで

先まで何も見えないような

不安感が襲ってくる。


袋を開く。

次。

また、袋に入って縛られている。


七「…。」


生唾を飲む。

袋を開く。

また、袋。


3枚開くと、ようやく別の色が見えた。

白っぽい色をした蓋。

下の方は青くなっている。

どうやらクーラーボックスのようだ。


バーベキューや1人キャンプが趣味なら

他の道具もあるはず。

それに、こんなに過重に包んだりしない。


嫌な予感ばかりが脳裏をよぎる。

それでも、進まなきゃいけない。


手袋をしているし

クーラーボックスの蓋自体は

プラスチックのはずなのに、

冬の空の下に放り出された

鉄を素手で触っているかのように冷たかった。

ロックを外す。

かこ、と音が鳴る。

振り返る、でもまだ誰も来ていない。

開いたクローゼットの扉に隠れるようにして、

恐怖と興味で揺れた心臓に手を当ててから

蓋に手をかける。


容易に持ち上げられるはずのそれは

たった今だけ水の塊のように

酷く重く思えた。


また、袋に入っている。

気がはやってしまって、

何重にもされた袋を

先ほどとは見違えたように手早く解く。

そして、見えたもの。


七「……っ!」


刹那、嗅いだことのない

酸いような獣っぽいような

…鉄っぽいような香りが鼻の奥をつんと突く。

一旦そっぽを向いて

息を吸って、

止めて、

また向き合う。


少し身を捩ると、

背後にあった電球の光が差した。


七「……ぁ…。」


光が、さしてしまった。


自然とクーラーボックスの中の色が

漠然と見えてしまう。


布類だろうか。

縫い目が見える。

雑巾かな。

バスタオルかな。


白い部分がほんの少しと、

大部分を染めた黒色の池。


元はきっと赤色だったのだろう、

白色と黒色の間に

重たげなえんじ色が

水彩絵の具のようにじわりと滲んでいた。


は、と思わず息が漏れる。

また嫌悪感を催すような

複雑な刺激が頭を突く。


息を吸い直す。

けれど心臓がこれまでにないほど

ばくばくと脈打ち、

喉から出そうになる。

もう1度、浅く息を吸って向かう。

そこではっとして、

咄嗟にリュックからスマホを取り出して、

いろはちゃんに教えてもらった

無音のカメラアプリを立ち上げ写真を撮った。


勝手にフラッシュが焚かれ、

誰も見ていないというのに焦ってしまう。

自分が焦るなんて意外だった。

人が亡くなるシーンも

証拠が見つかるシーンだって

ドラマでは何度でも見ているのに、

実際目にすると全然違う。

家の中は冷えているはずなのに

私はこんなにも暑い。

50メートル走のタイムを

何度か測った後のよう。


写真も撮ったし

すぐに蓋を閉じて

いろはちゃんに合流しようかと思った。

けれど。


七「…まだある。」


クーラーボックスいっぱいいっぱいに

詰め込まれているらしいものの中身が

不意に気になってしまった。

どうしよう。

もし本当に人がいたら。

でも。


でも。





°°°°°





七『初めての依頼みたいなものだから私はわくわくしてるし、誰かの役に立てるのはとっても嬉しいよ!どんと任せて!』





°°°°°





七「…そういったんだもん。」


逃げない。

絶対逃げない。


腹を括って、

布を取り出した。

やはりほとんどは赤黒く染まっている。

鮮やかさはなく、

随分と時間が経ったのがわかる。

乾いた血であろうものは

ぱりぱりとしていて、

布同士が意図せず

くっついているものも多かった。

バスタオルや雑巾の下には

人の服らしいものが眠っていた。

取り出してそれらも写真を撮る。

白っぽいセーター、

青っぽいシャツ、

ジーンズ。

どれも女性用に見えた。

下の方には男性ものだろうか、

サイズの大きいように見える

シャツが出てきた。

それから。


七「…。」


大部分は白かったはずの

制服っぽいセーラー服。

これまで見たどの服よりも

変色してしまっていた。

まるで泥沼のような場所に

投げ入れて引き上げたかのようだった。

もしこれが血だとするなら。


だと、するなら…?


最後の服を取り上げる。

すると、底の方で何かが反射した。

スマホを取り上げて

覗くようにしてカメラを向ける。

フラッシュが焚かれて。

そして。


七「…。」


中身に残ったのは、

フライパンと

赤黒いしみのこびりついた

家庭用の包丁がひとつ。


その時。

奥から「あー、まだもう少しー」と

いろはちゃんが止めている声がした。

唖然としてしまって

その場で動けなくなりそうだったが

声が届いたおかげではっとして

取り出していた布類をまた詰めた。


同じように縛ったはず。

クローゼットを閉じ、

手袋を外してゴミ袋に入れた。

手袋をしたままスマホで

写真を撮ってしまったなと思いつつも、

クーラーボックスの中身は

乾いていたからか、

特に何も付着していない。

しかし、気が気でないので

後で持ってきた除菌シートで拭こうと

柄にもなく今後のことを考えながら

部屋から出る。


いろはちゃんの元に向かって、

調査が終わったことを示すため

背中を3回叩く。

いろはちゃんはにこ、と笑うと

「こっちは誰もいなかったよー」といい、

よくわからないが

生ゴミの袋を持って部屋から出た。


大家さんには迷惑をかけたことを謝りながら、

しかし何事もなくて良かったといい

ぷりぷりと怒られることもなく

その場を後にした。

マンションの下にあるゴミ捨て場に

生ゴミを放り投げる。


七「なんで生ゴミ…?」


いろは「匂いの根源はこれでしたー、って言っておいたんだー。」


七「なるほど!誤魔化せたの?」


いろは「おばあちゃんで助かったよー。鼻がめちゃくちゃいいんだねーって。」


七「おおー…。」


いろは「そんな空返事されてもー。」


七「いや、まあ…ちょっと。」


いろは「何かあったの?」


七「…うん。」


いろは「帰りの電車まで時間があるし、カラオケとか…個室のあるところに行く?」


七「カメラがないところの方がいいかも。」


いろは「じゃあいっそのこと公園とか?」


七「誰もいないところならいいよ。」


いろは「おー…いよいよ怪しくなってきたー。」


先ほどの写真のことを思い返しては、

すぐに見返すわけにもいかなかった。

どこにカメラがあるかわからない。

これを見られたら、

私はともかくとして、

湊ちゃんのお父さんに

悪いことが起きる可能性が高い。

でも。

でも、悪いことが起こって

正解なんじゃないかな。

だって、刃物が。


七「……っ。」


いろは「…電車に乗らず、この辺で探そうかー。」


七「…うん。」


午後になって随分と

暖かくなったはずなのに、

何故か朝5時と同じくらいの

気温に感じてしまう。


それも数十分歩く間になくなり、

いくらか落ち着いた頃に

児童が1人も遊んでいない

狭苦しい公園を見つけた。

ベンチだけが並んでいて、

公園と呼べるのか不思議なほど。

いろはちゃんがハンカチで

水滴のついていたところを

さっと拭いてくれた。


いろは「それで、何があったのー?」


七「えっと…結構、びっくりする写真なんだけど…。」


いろは「生首とか?」


七「ううん!そういうのじゃないよ。」


いろは「血だらけの何かとか?」


七「そう。」


いろは「なら大丈夫ー。大体のグロは見れるよー。」


七「わかった。」


除菌シートでさっと拭き、

先ほど撮った写真を見せる。

いくつかブレてしまって

撮り直した関係で

同じ写真が続いているところが

いくつかあった。


血だったであろう写真を見て、

いろはちゃんは相変わらずの雰囲気で

「ほー…」と言う。


いろは「…じゃあ、湊ちゃんのお父さんが犯人で間違いないんだー。」


七「そうかも…って、私も思ったんだけど…。」


いろは「…?」


七「…でも、なんか気持ち悪い。」


いろは「大丈夫ー?」


七「うん。あ、体調じゃなくて、こう…頭の中がもやもやする的な。」


確かに、家の中に過重包装された

クーラーボックスがあり、

中はまた更に包まれた状態で、

黒いしみの付着した布類は見つかった。

物によっては、浸したのではないかと思うほど

黒っぽく染まっているものもあった。

加えてあの、鼻の奥が捻じ曲がるような

鉄っぽく腐った…嗅いだことのない匂い。

…明らかに異物であるし、

ナイフやフライパンも入っていたことから

生物を…きっと人を…

殺したことには間違い無いと思う。


…だけど、湊ちゃんはお父さんのことを

朗らかだった気がするって言っていた。

それに、お酒ばかり飲むようになった

詩柚ちゃんのお父さんと

喧嘩できるくらい

理性的だったってことだよね?

一時的に感情的になることは

人だからあるだろうけど、

取り返しのつかないところまで

手を下すことがあるだろうか?

それから。


七「…この写真。」


一部だけが黒く染まっている

冬物の服の写真を見る。

まるで餃子を焼いていて

跳ねた水や油を浴びたように

赤黒い色が付着していた。


いろは「服?」


七「うん…これさ……。」


いろは「…?」


七「これ、130って…子供用じゃない?」


写真を拡大する。

白っぽいのセーターの上着のタグに

しっかりと数字が記されている。

大人用であればSやLで表されるはず。

このような数字の表記は

小学生の頃以来あまり見ていない。


いろは「…ほんとだねー。」


七「……本当に、湊ちゃんのお父さんがやったのかな。」


いろは「…。」


七「…もし、やるとしても…子供を近くに置いておくのかな?」


スマホを持っていると、

いろはちゃんはより近づいて覗き込み、

いくつか前の写真に戻った。


いろは「…服、たくさんあるね。」


七「…。」


いろは「いくつかは、これで拭いたんじゃないかってくらい。」


七「バスタオルもたくさんあったし、タオルが足りなくなって…元々着てたものを使った、とか。…近くに干してあった洗濯物を…とか。」


いろは「制服もあるんだね。」


七「…。」


いろは「これさ。」


七「うん。」


いろは「…ううん、やっぱりなんでもない。」


いろはちゃんはくっつけていた肩を離し

ベンチから降りた。

改めて写真を見る。

大人サイズの服と、

制服と、子供用の服。

包丁。

フライパン。


湊ちゃんは。

…詩柚ちゃんは。

本当に何も知らなかった?


いろはちゃんは自分の鞄を漁り、

もう冷え切ってしまったであろう

ペットボトルのお茶を

両手でぎゅっと握った。


いろは「ちゃんと聞いた方がいいかもね。」


七「うん。」


返事をひとつ、

地面に落とした。

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